第一回「寺田真理記念 日本研究賞」
受賞作品
選考の経緯
われわれの実力で選考するなど、いささかおこがましいのは承知しているが、推薦者の先生方にその都度御相談するなどの経過を経て日本研究賞をケビン・ドーク氏に差し上げることになった。ドーク氏には、東大教授、最高裁判所長官、国際司法裁判所判事を経験した日本の代表的法学者、田中耕太郎に関する優れた学問的研究があるのはつとに知られている。
さらに、同氏は他の日本研究者と異なり、キリスト教、とりわけカトリック教が日本に与えた影響に深い関心を持っておられる。田中耕太郎自身がカトリック教徒であるし、16世紀半ばに来日したイエズス会のフランシスコ・ザビエル以来日本人がどのように異国の宗教を受け取ったかの研究はいまでも続いている。
この切り口があるからこそ、日本とアジアの一部との国との間で問題となっている首相の靖国神社参拝に明快な見識を持っておられるのだろう。当然ながら、日本のナショナリズムや神道についての深い理解が生れたのだと思う。判で押したような圧倒的多数の左翼史観の中で、首相参拝を支持する文章や談話を発表する勇気には、日本人として心からの敬意を表したい。
同じような意味で、日韓併合は日本帝国主義の産物で、日本の植民地政策は悪辣な非人道的性格を持っていたとの一次方程式的な割り切り方が戦後幅を利かせてきた。戦時中の日本による朝鮮人動員が必ずしも絶対的権力によるものではなかったとするブランドン・パーマー氏の評価は第三者的客観性と学問的な正確性を持つ優れた研究だと思われる。
ワシーリー・モロジャコフ氏の「ジャポニズムのロシア 知られざる日露文化関係史」は同氏の日本文化に関する広範な研究の積み重ねが生んだ傑作であろう。第二次大戦末期におけるソ連の行動や北方領土問題一色になってしまった両国関係ではあるが、元々日本人には文学、音楽などロシアの文化に対する憧れのようなものがあった。文化交流の意義は少なくない。
劉岸偉氏の大作「周作人伝」は伝記文学と言うよりも、魯迅の弟にあたり兄弟で日本に留学し、日本人を妻とし、文筆家として名を成しながら日中両国関係の波にもまれた周作人の、劇的な人生を膨大な資料を基に社会科学的手法で克明にたどったものである。
驚くべきは、日本人でもこれだけの文章を書く者は少ないと考えられる名文だ。あたかも漢詩のリズムが日本文に乗り移ったような文体に魅されない読者はいないだろう。二年前にすでに和辻哲郎文化賞を取っている事実はこの作品がいかなる価値を持つかを物語っている。が、立派な作品には一回だけではなく、異なる角度から何回賞を差し上げてもいいと思う。日中関係がいいか悪いかなどの次元で国基研は「日本文化賞」を設けたのではない。
選考委員 副委員長 田久保忠衛(国基研副理事長)
選考委員
委員長 | 櫻井よしこ 国家基本問題研究所理事長 |
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副委員長 | 田久保忠衛 同副理事長 |
高池勝彦 同副理事長・弁護士 石川弘修 同事務局長・ジャーナリスト 冨山泰 同企画委員・研究員 |
推薦委員
推薦委員 | 伊藤隆 東京大学名誉教授 平川祐弘 東京大学名誉教授 渡辺利夫 拓殖大学総長 ジョージ・アキタ 米ハワイ大学名誉教授 ブラーマ・チェラニー インド政策研究センター教授 許世楷 津田塾大学名誉教授 ヘンリー・ストークス 元米ニューヨークタイムズ紙東京支局長 |
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