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今週の直言

田久保忠衛

【第38回】異常な国の異常なマスコミ 田久保忠衛

田久保忠衛 / 2010.05.17 (月)


国基研副理事長 田久保忠衛

朝鮮半島、千島諸島、琉球諸島を含む日本、台湾、フィリピン、インドネシア、オーストラリア(いわゆる第一列島線)を「逆万里の長城」と名付けたのは、米海軍大学で中国海軍の動向を研究しているジェームズ・ホームズ、トシ・ヨシハラの両専門家らしい。ニュー・アメリカン安全保障研究所の上級研究員ロバート・D・カプラン氏が、フォーリン・アフェアーズ誌5~6月号に書いたトップ論文「大国中国の地政」の中で両人を引用している。

中国艦隊、「逆万里の長城」を突破
「逆万里の長城」とはいい表現だと思う。秦の始皇帝が匈奴による侵略を食い止めるため、燕、趙、魏が築いた長大な城を利用して「万里の長城」にしたのだが、米国にとって今の第一列島線は中国海軍が小笠原諸島、グアムを含むマリアナ諸島へと伸びる第二列島線に進出するのを阻止する防衛線であろう。日本国中が鳩山由紀夫首相の不見識が原因で沖縄の米海兵隊飛行場である普天間の移設先をどうするか大騒ぎしている最中に、中国の艦隊10隻が沖縄本島と宮古島の間を太平洋側に抜け、日本最南端の沖ノ鳥島で活動し、10日ほどして同じコースを経て帰港した。

日米間で普天間をめぐりゴタゴタが続いているのを狙って、中国が日米両国の反応を試したのだとの見方が出ている。が、あくまでも見方であって、中国海軍の真意が那辺にあるかは各人が推理するほかない。明白な事実は、中国にとってどうしても防衛しなければならない第一列島線の外で10隻もの艦艇が悠々と活動したということだ。日本のマスメディアが普天間問題に割いた紙面と電波を、中国海軍の今回のニュースに充当した紙面、電波に比べてみるがいい。ニュースのバリューはどちらが上なのか。

普天間問題より大きなニュース価値
カプラン氏の分析は、ユーラシア大陸の2強国のうちロシアは大陸国家であるのに対し、中国は大陸国家であると同時に海洋国家であるとの地政学的前提に立つ。一党独裁体制の下で、13億人の生活水準を向上させるため、中国はエネルギー、鉱産物、木材などの資源を求めて世界史的な拡大を開始しているのである。ロシア極東部への中国人移民流入、新疆ウイグル自治区へのパイプライン導入、インド洋でのインドを取り巻くような拠点、つまり、「真珠の首飾り」建設などの一環が、10隻の艦艇による行動だったと考えなければならないのではないか。

新聞をはじめとする報道機関のニュースバリュー判断は異常である。これは異常な国家日本の反映だと私は考えている。(了)

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第38回:異常な国の異常なマスコミ(田久保忠衛)