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西岡力

【第39回】動かぬ証拠で追い詰められた金正日政権―韓国艦魚雷攻撃

西岡力 / 2010.05.24 (月)


国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力

またしても金正日の嘘は暴かれた。韓国政府は20日、「哨戒艦天安の爆沈は北朝鮮の魚雷攻撃によるもの」とする調査結果を公表した。北朝鮮は即座に「でっち上げ」との声明を出した。しかし、中国を含むどの国も、また韓国内の親北左派ですら、北朝鮮の弁明を支持していない。

回収された決定的証拠
決定的な物証として、魚雷のスクリューとモーター部分がほぼ原形をとどめた形で公開された。スクリューとモーターは、韓国が入手していた北朝鮮武器輸出用カタログの魚雷設計図と一致し、スクリューには「1番(ボン)」と朝鮮語で部品番号が記されていた。

スクリューなどは15日に漁船の底引き網により回収されたという。これがなければ、証拠にこだわっていた李明博政権は「北朝鮮の攻撃」と断定できず、韓国内は対北制裁を求める保守派とそれに反対する親北左派に2分し、政権は動揺しただろう。中国も証拠不足を理由に、国連安保理での非難決議や制裁に反対できただろう。その意味で、スクリューなどの回収は金正日の嘘を暴く決定的な役割を果たしたと言える。

北統治に必要な軍事的緊張
天安爆沈を命じた金正日の直接的動機は、昨年11月10日の大青海戦(黄海・大青島付近で起きた1999年以来3回目の南北艦艇による衝突)での大敗に対する報復だった。元朝鮮労働党幹部の脱北者によると、90年代末、金正日は国内の思想的動揺を抑えるため「陸では融和しつつ、海で緊張を高めよ」と海戦を命じたという。今回も、貨幣改革失敗や三男への権力委譲作業などによる国内の動揺を抑えるために、軍事的緊張が必要だったのだろう。しかし、攻撃後も韓国、中国などからの経済支援を受け続けなければならないので、潜水艦艇による奇襲攻撃を仕掛け、自らの犯行ではないと嘘をつく選択をしたのだ。

しかし、嘘は暴かれた。李明博政権は24日、米韓合同の対潜水艦軍事訓練の実施、国連安保理への提訴のほか、韓国独自に、①軍事境界線での対北拡声器放送やラジオ・ビラを通じた心理戦の再開 ②人道以外の経済支援と交易の中止(開城工団だけは当面撤収しない)および韓国民の北朝鮮訪問原則禁止 ③北朝鮮船舶の済州海峡(韓国本土と済州島の間)などの通過不許可―などの措置を取ると発表した。韓国保守派は国民の寄付により北に風船やビラを大量に送る運動を展開しており、日本の拉致被害者救出運動なども参加を準備している。外部情報流入と統治資金枯渇は、嘘と暴力によって支えられている金正日独裁統治の最大の弱点を突く。国基研が昨年以来進めている北朝鮮急変事態に備えた民間レベルの日韓戦略対話がいよいよ重要になってきた。(了)

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第39回:動かぬ証拠で追い詰められた金正日政権―韓国艦魚雷攻撃(西岡力)