公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第267回】安倍首相は対北外交で米国の轍を踏むな

西岡力 / 2014.10.06 (月)


国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力

 

 安倍晋三政権が北朝鮮への対応で大きな間違いを犯すのではないかと心配している。北朝鮮との協議が始まると、ようやく開いた窓を閉じさせてはならないとの理屈で、こちらが先に譲歩しなければならないという議論が必ず出てくる。
 2002年の小泉純一郎首相の初訪朝直後、当時の田中均外務省アジア大洋州局長らは「日本に戻った拉致被害者を北朝鮮に返すべきだ。そうしないと北とのパイプが切れる」などと主張した。ブッシュ前米政権後期に北朝鮮を担当したヒル国務次官補やライス国務長官も、金融制裁解除を北朝鮮核施設の完全廃棄より先行させて失敗した。こちらが先に譲歩したものを食い逃げされて終わるのだ。

 ●苦しいのは北朝鮮
 長く北朝鮮を観察してきた韓国の専門家は、今苦しいのは日本でなく北朝鮮だと言う。北朝鮮は日本から取りたいものがあって接近してきた。北朝鮮の担当者は「これとこれは必ず取れます」と金正恩第一書記に決済をもらって、特別調査委員会なるものを立ち上げたはずだ。ここで日本側が席を立てば、担当者は最高指導者にウソの見通しを語ったことになる。文字通り命懸けで日本との協議に臨んでいる。日本が強く出れば北朝鮮の担当者こそパイプを切らないため、上司を説得して拉致被害者に関する情報を出そうと努力するのだ。
 圧力以外に北朝鮮を動かす手段はない。彼らは痛覚を刺激されたときだけ動く。普通の外交交渉のように、妥協によってお互いの利益を最大化しようなどという説得は通じない。
 安倍首相も3月末、拉致被害者の家族会と面談した際、「今は小泉首相の訪朝時より困難だ。北朝鮮のような独裁国家で『神』とされていた人が行った説明を覆さなければならないからだ。そのためには強い圧力を背景にした交渉しかない」と語っていた。2002年に金正日総書記が行った「8人死亡」などという説明を覆さなければ、横田めぐみさんら被害者を救えないという問題意識だ。

 ●代表団平壌派遣のわなにはまるな
 日本政府は北朝鮮の誘いを受けて、拉致問題などに関する北朝鮮の調査状況を把握するために平壌へ代表団を派遣することを検討している。しかし、北朝鮮は「今の段階では、日本人一人ひとりに関する具体的な調査結果を通報することはできない」(宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使)と明言している。政府は今こそ、「早急に拉致被害者の調査結果を出せ。それをしないなら、いったん解除した制裁をかけ直し、協議を白紙に戻す」と通告すべきだ。北朝鮮のペースにはまるだけの代表団の平壌派遣などを行ってはならない。(了)