公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第256回】中国の金融支配を許すな

湯浅博 / 2014.07.22 (火)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 湯浅博 

 

 新興大国の5カ国が、戦後の国際通貨秩序であるブレトンウッズ体制に挑戦を開始した。主導したのは中華帝国の夢を見る中国である。5カ国は頭文字からBRICSと呼ばれるブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカで、途上国のインフラ整備を支援する「新開発銀行」の設立を決めた。中国は脚本と監督を用意して主導権を握り、やがては、資金支援に名を借りた勢力拡大の手段も手にしかねない。

 ●既存秩序に挑戦する新開銀
 戦後通貨金融の枠組みは、1944年に米ニューハンプシャー州ブレトンウッズで、第2次世界大戦の連合国44カ国が協定を結んだことに始まる。彼らは世界銀行と国際通貨基金(IMF)によって戦後復興を目指した。このブレトンウッズ体制こそが、基軸通貨ドルの信認を背景に戦後のパクスアメリカーナ(米国による平和)を牽引してきた。そしていま、経済力と軍事力をつけた中国がついに金融制度にまで食指を伸ばす。
 日米欧主導の通貨秩序は、融資対象国の政治腐敗や民主化状況を検証し、構造改革を厳しく求める。その不満がくすぶる中から新興5カ国が、既存の世銀を「旧秩序」と位置付け、これと競合する新しい開発銀行創設の協定に調印した。中国の意思は中国共産党機関紙である人民日報の記事に、米ドル札が燃えるイラストを添えたことに決意がうかがえる。ボイス・オブ・ロシアも、「米国の金融支配に対抗するものだ」と公言してはばからない。
 中国は本部の設置場所、高い出資比率、総裁ポストを獲得しようと動いたが、そんな下心を知るインドが最後まで中国と争ったと伝えられる。最終的に本部は上海に、総裁はインドから、出資比率は各国均等に100億ドルで、途上国のインフラ支援をすることで決着した。中国はこの先、増資を重ねていけば総裁ポストも自然に転がり込んでくるとの算段だろう。

 ●警戒すべきソフトパワー
 アジア域内でも、中国はアジア開発銀行に対抗するアジアインフラ銀行の創設を目指す。既存のアジア開銀の本部は、中国とスプラトリー諸島の領有権を争うフィリピンのマニラに置かれ、歴代の総裁は尖閣諸島の領有権を争う日本が輩出している。当の中国はアジア開銀で総裁ポストを奪い取るまでもなく、アジアインフラ銀行を丸ごと創設し、最大出資国として君臨する構えだ。既に中国は、日本を除くアジア、中東など20カ国に声を掛けているという。
 新開発銀行とアジアインフラ銀行に共通するのは、融資対象国に内政干渉をせず、政治条件も付けず、人権尊重も要求しないことだ。むしろ、中国との従属関係が重視され、融資の中身よりも従属的な色合いから恣意的に資金を供給しかねない。これらの銀行構想は、中国の巨大海軍力よりも、よほど強力な中国のソフトパワーになるだろう。日米欧にできることは、内部に入るインドと協調を図りつつ、魅力ある新ブレトンウッズ体制へ衣替えすることであろう。(了)