国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)が7月29日、東京・平河町の都市センターホテルで開催した「日本再建の道」と題した月例研究会で登壇者の一人、麻生太郎副総理兼財務相が行った発言の片言隻句が捉えられ、メディア上で一人歩きしている。外国人を含め多くの方には、どういう状況で発言がなされたのか、討論会全体の流れが分からないとの声もあり、主催者側として説明したい。
●憲法改正をパネル討議
国基研では6年前の創設以来、月例研究会を開き、憲法をはじめ、原発、環太平洋経済連携協定(TPP)、日米関係、アジアの安全保障、教育、日印協力、チベット民族の自由と人権など、日本にとり重要で多岐にわたるテーマについて政治家や専門家を招き公開討論を行ってきた。今回は、参院選で自民党が大勝したのを受け、憲法改正などの課題に安倍晋三政権は「いかに取り組むのか、また、どう取り組むべきか」に焦点を合わせ、麻生副総理と西村眞悟衆院議員(無所属)、笠浩史衆院議員(民主党)をパネリストに招いた。国基研側からは、櫻井理事長のほか田久保忠衛副理事長(杏林大学名誉教授)、遠藤浩一理事(拓殖大学大学院教授)の3人が登壇した。登壇者の魅力もあって会場は国基研会員を中心に550人の聴衆で満席となった。
討論は櫻井理事長の司会で約2時間20分に及び、「憲法改正の条件が整った」(田久保)「憲法改正は自民党結党(1955年)以来の党是であり、実行できる情勢が少しずつできてきた」(麻生)「改憲の活断層が動き始めたら勝負をかける」(西村)「党としてはまとまっていないが、改正への機運を盛り上げたい」(笠)「国会で改憲の端緒を開くには議員総数の3分の2の議席が必要で(自民党だけでは足りないので)政界再編が課題となろう」(遠藤)と続いた。先の大戦後に作られた現憲法下で制約が多い現状をもどかしく感じる人が国基研会員に多く、パネリストと聴衆の間には〝同志〟にも似た空気が流れ、討論会にありがちな野次はなく、時に巻き起こる拍手と笑いが会場を包んだ。
●「手口を学べ」は反語
こうした中で、麻生発言がなされた。「アメリカの経済力が落ち、一方で中国が軍事支出を増大させ続ける以上、同盟国として(アメリカができない)不足分を日本が補う。自分たちでやっていく覚悟がいる」「国際情勢に合わせ、国体に合わせて憲法も変えていかなければ。ただ、憲法改正などという話は熱狂の中で進めてはいけない」「『鬼畜米英』と言って先の戦争を煽ったのは新聞でしょう。冷静にならないといけない」と述べ、さらに「ヒトラーは選挙で選ばれた。ワイマール憲法という進んだ憲法、憲法が良くてもヒトラーは出てくるのです」とナチスに対し否定的な見解を表明した。この後、副総理はいったん靖国神社参拝に言及、「静かに参拝すべきである。国のために命を捧げた人たちに感謝と敬意を払うのは当然でしょう。ワアワア騒ぎだしたのはマスコミではないですか。日本のマスコミが騒ぐから中国も韓国も騒ぐんですよ」と語った。そして「だから静かにやろうと言うんです。ドイツのワイマール憲法もいつの間にか、誰も気づかないうちに変わった。あの手口、学んだらどうかね」と言ったときには、反語的に受け止めた人が多く、会場に笑いが巻き上がった。このナチス言及部分は20秒ほどで、話題はすぐに次に移った。むしろ、副総理が「静かな議論」を強調したことに対し、田久保副理事長は「憲法改正に対し、自民党がトーンダウンしているのではないか」と懸念を表明したぐらいだった。
マスコミが2日後から「ナチス発言」として騒ぎ出したため、副総理は8月1日、「誤解を招いたことは遺憾」と述べ、ナチス政権を例示して挙げたことを撤回した。さらに副総理は「十分な議論のないまま進んでしまった悪しき例としてワイマール憲法に関わる経緯を挙げた」と発言の意図を補足説明した。しかし、マスコミの中でもとりわけ朝日新聞は2日付の紙面で社説を含め実に5ページを使って大々的に発言を批判し、矛を収める気配を見せなかった。
●意図的な「ナチス礼賛」報道
櫻井理事長は討論会を総括して「アメリカは、様々な意味で台頭した中国の前で、日本の協力を今まで以上に必要としている。憲法を改正して日本国が力強く、自主独立の誇り高き日本であることによってアメリカを助けることができ、自らも守ることができる。そしてアジアに対して平和と秩序を守る貢献ができると思う」と述べたが、これは会場に溢れた空気を代弁したものであった。会場では4分の1の聴衆がアンケート調査に応じ、「わが国の将来を本気で考えている政治家がいるのを知り、希望が持てました」(40代、会社経営者)、「とても励みになった。日本を立て直すため自分も頑張りたい」(30代、学生)など、ほとんどの人が強い感銘を受けたとの感想を寄せてくれた。
それだけに、新聞、そしてテレビが追随しての騒ぎは全く遺憾である。副総理のナチス発言には分かりにくい面があるが、副総理がナチスを、そしてナチスの手口を礼賛などしていないのは発言全体の流れから明瞭である。ナチスに言及した部分だけを取り上げ、問題にしようとする報道手法は余りにも稚拙であり、意図的である。(了)