ワシントンでの米中首脳会談は、綿密な計算と華やかな演出の政治劇という印象を残して幕を閉じた。11月の米中間選挙を控えるトランプ大統領と、10月下旬の中国共産党中央委員会第5回全体会議(五中全会)を控える習近平国家主席には、国内向けにそれぞれ「世界を仕切る指導者」であることを誇示すべき理由があり、実質的な「成果なし」との冷ややかな批判に晒された。しかし、両者の発言とホワイトハウスが公表したファクトシートを追ってみると、大国が紡ぐ「歴史の虚構」と「地政学の罠」を見過ごすとはできない。
●「大戦の同盟国」という歴史のすり替え
公表文書には、人工知能(AI)を巡る対話枠組みの創設や、300億ドル規模の関税引き下げ、さらに今年中にあと2回の首脳会談の約束といった成果が並ぶ。しかし、その言葉の陰で、トランプ氏が第2次大戦を引き合いに出して、両国を「同盟国」と呼んだ修辞的譲歩が危うい歴史認識のねじれを生んでいる。
先の大戦で米国の同盟国だったのは、蔣介石の中華民国であり、現在の中華人民共和国ではなく、稚拙な歴史のすり替えかブラックジョークとしか思えない。「共に戦った偉業」というトランプ氏の歪んだ認識に対し、習氏が「肩を並べてファシズムの侵略に立ち向かった」と応じて、日米分断のクサビを打ち込んだ。中国共産党が歴史を利用しながら、日本を「米中共通の敵」として分断を図る手法は、これまでも繰り返されてきた。
かつて江沢民主席がハワイ訪問で、米国民に「真珠湾の教訓」を呼び起こしたことがあった。日本を歴史問題で縛り付けながら、米中一体の歴史観を植え付けようとした。今回のトランプ発言は、この手の「抗日ナラティブ(物語)」の曲解を補強しているだけに深刻なのだ。米政権による中国歴史観への安易な妥協は、真の同盟国日本に対する中国の圧力行動を正当化しかねない。江氏のハワイに続くワシントン訪問時に起きた反中デモを、当時のホワイトハウスが「民主主義の象徴」と受け流した懐の深さは、今の米国にない。
●日本に必要な大国の欺瞞への覚悟
中国の計算は明快である。米国がイラン戦争で疲弊し、同盟国との亀裂が生じる隙に、半導体や航空機製造の自給自足を整え、外圧に耐えられる持久システム構築まで時間を稼ぐ。「戦略的安定」という心地よい響きで米国を引き付け、その間に、西太平洋を中国の勢力圏と認めるよう誘導し、米軍の介入を封じる計略だ。トランプ大統領が台湾を念頭に、遠方の戦争への関与に躊躇する姿勢は、米国が「勢力圏の分割」に踏み込んでしまいかねないリスクを暗示する。
高市早苗政権に求められているのは、大国間の欺瞞に満ちた「休戦」の裏側を見極め、主権と国民を守る「覚悟のリアリズム」を持つことにほかならない。大国の都合で翻弄される歴史の敵役であり続けるか、あるいは冷徹な地政学の現実を直視して自立の道を拓くのか。
日本が乗り越える真の試練は始まったばかりだ。(了)




