公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

本田悦朗

【第1280回】EUより稚拙だった日本の対米関税交渉

本田悦朗 / 2025.08.25 (月)


国基研企画委員・元内閣官房参与 本田悦朗

 

 日米関税交渉は7月23日に合意に達したとされ、米国の新たな関税が8月7日から実施されている。しかし、日米間で一時、理解が違っていたことが判明した。それは、貿易相手国によって差別されない従来の関税率が、貿易条件を相互に対等にするためとしてトランプ政権が一方的に導入した相互関税率(15%)以上の場合に、①従来の関税率のみが適用されるのか、あるいは、②15%が上乗せされるのか、の違いである。従来の関税率が15%未満の場合に新たな関税率が一律15%となることには異論がない。
 日本側の理解は①であったが、米国の日本に対する扱いは②であった。他方、米国と欧州連合(EU)は8月21日に合意に達し、共同声明が出されたが、それによると、上記のケースについては①の扱いとされている。
 結局、米国側は、日本に関する扱いは事務的ミスであり、日本とEUは同様の取り扱いになると修正した。しかし、それに沿った米大統領令の修正はまだ行われておらず、②の高い関税率が適用されたままである。

 ●自動車関税の低減時期示されず
 また、自動車にかかる関税率についても、日米間及び米EU間で、従来の関税率2.5%(乗用車の場合)を含めて15%で合意したにもかかわらず、合意前の27.5%が依然として適用されている。
15%の実施時期については、米EU共同声明では、EUが米国産品に対する輸入関税を撤廃または削減する法案を欧州議会に提出した場合に、その月の1日から新関税率15%が適用されることが明記されている。しかし、日米間ではこの種の合意文書が存在しないので、15%の実施時期は不明である。
 関税率が15%に低減された場合は、既に徴収された関税額との差額は還付されることになるが、輸入関税は輸入業者が支払うものだから、還付はその輸入業者に対して行われることになる。輸入業者が輸出業者(例えばトヨタ)の米国子会社の場合は問題がないが、そうでない場合は、輸出業者と輸入業者の間で還付金の複雑な調整が必要となろう。

 ●欧州は対米投資の「指図」受けず
 さらに、日米間では5500億ドル(約80兆円)もの巨額の資金が、国際協力銀行など政府系金融機関によって、米国に投資・融資・信用保証の形で提供されることが合意されている。ただ、利益が出た場合にも、日本への利益分配は1割しかない。米側の説明では、米国の「指図」によって自由に使える資金であるとされているが、その具体的なスキームは不明であり、金額もこれまでの実績から考えて、過大である。
 これに対し、米EU共同声明では、欧州の民間企業が米国の戦略分野に6000億ドルの投資を2028年までに行うと規定されている。米側の指図という文言はない。
 米EUの交渉と比較すると、日米間ではまだ「基本合意」のレベルであり、合意文書も存在しない現状では、完全な合意には至っていないと判断せざるを得ない。石破茂内閣の責任は重大である。(了)