公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第1407回】北朝鮮経済回復説は事実に反する

西岡力 / 2026.10.05 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 9月21日から25日、私は北朝鮮拉致被害者の家族会、支援団体「救う会」、拉致議連から成る代表団の一員として訪米した。政府高官、上下両院議員、専門家と13の面会を行ったが、日本人拉致問題解決への協力を惜しまないという超党派的な姿勢を再確認できた。だから、トランプ米大統領が公言しているように、米朝首脳会談が年内にあれば、拉致問題を提起することは間違いない。
 ところが、一つ大きな憂慮材料がある。大半の面会者が、北朝鮮経済が回復しているので金正恩政権は対米、対日交渉で優位にあるという認識を示したことだ。今年に入り、米国の有力マスコミが北朝鮮経済の回復を報じた。ウクライナ戦争への軍人派遣と兵器提供の見返りにロシアから多額の資金が入ったことや、最近の北朝鮮訪問者が、乗用車が増え街は明るくなったと証言していることなどが根拠とされた。
しかし、北朝鮮経済が回復しているというのは事実とかけ離れており、謀略情報の可能性が大きい。

 ●ロシアの見返り援助、民生に回らず
 私が入手した情報によると、ロシアからの見返りは、2025年8月現在で40億〜50億ドルで、そのうち現金は5億〜7億ドルにとどまる。うち1億ドルが海外で活動する北朝鮮工作員や治安要員に与えられたが、民生経済を担当する内閣には1ドルも渡っていない。
 ロシアは、砲弾やミサイルの代金と参戦軍人への報酬および死亡補償金の金額を計算し、それに見合う軍事援助を北朝鮮に提供している。偵察衛星が1基で1億ドル(打ち上げ支援を含む)、平壌に設置された防空ミサイルシステムS300が4セットで8億ドル、駆逐艦が5隻で15億ドル、原子力潜水艦の設計図と資材(特殊鋼板、小型原子炉など)が2隻分で10億ドルだ。なお、北朝鮮による原潜建造はうまく進まず、今年9月に5万人の追加派兵をした代価として、中古原潜2隻の提供協議が始まったという。
 ロシアからの支援で軍事力は一定程度強化されたが、経済は良くなっていない。韓国に3年前に亡命した元外交官、2年前に亡命した元兵士、現在も中国国境地域の親戚と連絡を取っている脱北人権活動家は、口をそろえて経済回復を否定する。
 彼らの証言によると、平壌の高層マンションでも電気、水道、ガスが自由に使えず、冬は暖房がなくて震えている。休戦ラインの部隊では、兵士は常に空腹で多数が韓国ドラマを見て韓国に憧れており、ガソリン不足のため木炭車を使っている。中朝国境地域では密輸の取締りが厳しくなったため市場から中国製品が姿を消し、餓死者が発生するほど生活難が深刻化し、空腹の軍人が市場で冬物軍服を売り、兵士の母がそれを買って息子に送っている。

 ●信用できぬ韓国情報
 北朝鮮経済が回復して余裕が生まれたという議論は、米国が北朝鮮により大きな譲歩をすべきだという主張につながる。韓国政府系研究機関が発表したロシアからの見返り額の推計は極端に高額だ。南北対話を切望する李在明政権の政治的意図が裏にあるのかもしれない。北朝鮮の現職外交官は「北朝鮮政府が流した偽情報」だと断言した。(了)