北大西洋条約機構(NATO)の初代事務総長だったヘースティングズ・L・イズメイ卿の言葉「NATOの目的はソ連を排除し、米国を引き込み、ドイツを抑えることだ」は有名だ。19世紀の帝国主義的発想により、軍事制圧下のクリミア(ウクライナ南部)で形だけの住民投票を行い、ウクライナから領土を取り上げたロシアのプーチン大統領に対して、米欧それに日本が住民投票は国際法違反で、ウクライナ憲法違反だと騒ぎだした。
ロシアには、NATOが次第に東方へ拡大し、ウクライナが欧州側に加わったらどうなるかとの被害者意識が根底にある。ロシアは、文学、音楽、舞踊など文化は西欧そのものだが、地政学的にはアジアに広がった巨大なユーラシア大陸に身を置く国だ。そのアイデンティティーを懸けた戦いがウクライナ問題だとの見方も可能だろう。
●制裁合戦は米欧日に軍配
欧州連合(EU)、米国、日本などが発表した制裁措置は徐々に効いてくるのに対し、ロシア側の報復制裁措置の効果には限度がある。冷戦時代と根本的に異なるのは、今がブロック経済の時代ではなく、グローバリゼーションでヒト、モノ、カネが交流している事実だ。ロシア一国と米欧日など多数国の制裁のいずれが強力かはすぐ分かるだろう。
しかも、ロシア経済は天然ガスと石油の売り食いであり、クリミアで米欧と一戦を交えるほどの財力もない。3月18日付インターナショナル・ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されたロシアの経済専門家セルゲイ・グリエフ氏の評論「プーチンの帝国主義路線の末は経済破綻」を一読すれば、ロシア経済のひどさは分かる。
「われわれは18世紀にフリードリヒ大王を、19世紀にナポレオンを、20世紀にヒトラーを防いだ民族だ。21世紀にはワシントンを阻止する」(3月19日付モスクワ・タイムズへのロシア人学者の寄稿文)と英雄気取りになるのは、あまりにも自国の現状を知らぬ無知ではないか。
●安保理採決で中国は棄権
今後は、ロシアがウクライナ東部に手を出すかどうかで当分の間外交戦が続くだろう。米国も他のNATO諸国も軍事介入できる国内事情ではない。
問題は、クリミアの住民投票は無効かどうかをめぐる国連安保理での採決で、ロシアだけは「ノー」の態度を取る中で、中国が棄権という意思表示をしたことだ。クリミアの住民投票は国際法違反でウクライナ憲法にも反するかもしれないが、ロシアの軍事力を背景にしたクリミア併合は既成事実になっている。これを中国は尖閣諸島に対する新たな行動の参考にするかどうか。要注意だと思う。(了)