公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

太田文雄

【第316回】戦略論から見た安保法制

太田文雄 / 2015.07.21 (火)


国基研企画委員 太田文雄

 

 安全保障関連法案が衆議院を通過し、今国会で成立する可能性が高くなった。国会での論戦を見ていると、違憲・合憲論や自衛官に危険が及ぶか否かに議論が集中し、甚だしくは「戦争法案」とか「徴兵制の復活」といったレッテル貼りによるデマゴギーが横行して、長期的な見通しに基づく戦略的見地からの真摯な議論は少なかったように思われる。

 ●10年後、20年後の安保環境
 国会における議論の中には、南・東シナ海における中国の脅威の現状から論じる戦略論もあったが、10年後、20年後の戦略環境が論じられることは少なかった。
 中国は1989年以降、2010年を除いて2桁の防衛費伸び率を維持し、これに対してわが国は、2003年から2012年までマイナスの伸び率の10年間があった。現時点において中国の防衛費はわが国の約3倍に達し、日中の通常戦力バランスは中国優位に逆転しつつある。このまま推移すれば、2030年には日中の防衛費に約10倍の差がつくと予測される。
 「相手に対して我が5倍であれば攻め」と書いてある『孫子の兵法』を忠実に履行している中国が、わが国に対して将来攻勢をとるであろうことは、フィリピンやベトナムといった軍事小国を好き勝手にしている南シナ海の現状を見れば、一目瞭然である。
 国内総生産(GDP)に対する政府債務残高の比率ではギリシャよりひどい財政状態にあり、社会保障費が増加の一途をたどるわが国が、中国に負けまいと軍拡をすることは現実的な選択肢とはなり得ないであろう。従って、日米同盟の強化こそが唯一の解決策となる。

 ●日米同盟が破綻しないためには
 ハワイやグアム島へ向かう弾道ミサイルを海上自衛隊のイージス艦が探知かつ撃墜できる能力を持ちながら撃墜しなかったら、また共同作戦中の米艦を撃沈した潜水艦を海自艦が探知し撃沈できるのに傍観しているといった事実が明らかになったら、どうなるであろうか?
 米国に約10年間勤務していた筆者は、大多数の米国民が有事の際に日本は忠実な同盟国として共に戦ってくれると信じているが故に、こうした事実が明らかになった時点で日米同盟は崩壊するであろうと予測する。そうなれば、日本は単独で超軍事大国の中国と向かい合わなければならない。
 筆者は米国の大学院で博士号を取得したが、博士論文のテーマは同盟関係であった。その結論は「同盟関係は冷厳なギブ・アンド・テークの関係から成り立つ生き物であり、歴史上崩壊した同盟は十分な貢献を怠ったためであるケースがほとんどである。特に日米同盟に関しては日本の集団的自衛権の行使は必須」というものであった。連綿不断の貢献を継続することによってのみ同盟は存続するという、戦略的な発想を改めて思い起こさなければなるまい。(了)