公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

有元隆志

【第1409回】待ったなしのスパイ防止法制定

有元隆志 / 2026.10.19 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 有元隆志

 

 ロシア連邦保安局(FSB)が北海道新聞ユジノサハリンスク支局の男性特派員をスパイ容疑で拘束し、モスクワへ連行した映像は、主権国家としての日本の脆弱さを白日の下に晒した。中国では反スパイ法の下でビジネス関係者を含む邦人の拘束が相次ぎ、イランなどでも恣意的な身柄拘束が起きている。
 権威主義国家が邦人を不当に拘束する「人質外交」を平然と仕掛けてくる中、日本政府の対応は遺憾表明と領事面会の要請という実効性に乏しいものばかりだ。国家が国民の生命と身体を守り抜くという根本的使命において、この無力さは到底許容できるものではない。

 ●スパイ天国
 この構造的な敗北の元凶は、日本にスパイ行為そのものを厳罰に処する「スパイ防止法」が存在しないという致命的な法制度の不備にある。欧米主要国やロシア、中国は、自国民が拘束された際、摘発・確保した相手国の工作員を交渉カードとして使い、身柄交換によって自国民を実質的に奪還してきた。
 これに対し日本には、工作員を国内で捜査・摘発し、外交上のテコとして機能させ得る法的基盤が存在しない。特定秘密保護法などの現行法では、公務員等の秘密漏洩を処罰できても、市井で暗躍する外国の協力者や情報工作そのものを網羅的に摘発することは不可能である。
 相手国から見れば、日本は工作活動が野放しの「スパイ天国」であると同時に、邦人を拘束しても何の報復もカードも繰り出せない「まったく痛痒を感じない標的」に過ぎない。
 むろん、スパイ防止法を成立させれば直ちに相手国とスパイ交換が実現するわけではない。法に則った厳格な捜査能力の向上や、対立の激化に対処する国家体制の構築など、乗り越えるべき実務上の課題は多い。だが、課題が多いことと、最初の一歩すら踏み出さないことは全く別の問題である。

 ●危機感の欠如
 高市早苗政権によって、国家情報局の発足などインテリジェンス(情報収集・分析)機能の強化が動き出し、スパイ防止法整備への機運は高まりつつある。しかし、国会での議論は遅々として進まず、議員定数是正など党派的利害が優先される現状は危機感の欠落と言わざるを得ない。
 いま必要なのは、人権やプライバシーの保護を口実とした際限なき先送り論を排し、主権国家の最低限の防壁を速やかに築くことである。権威主義国家の恫喝に対峙し、邦人の安全を守るためのスパイ防止法制定は、もはや一刻の猶予も許されない。(了)