3月9日、大津地裁の山本善彦裁判長は、1月から2月にかけて再稼働した福井県高浜町にある関西電力高浜原発3、4号機について、滋賀県の住民29人が申し立てた仮処分を認めて、運転差し止めを命じる決定を出した。これは、わが国司法の歴史に汚点を残す一つの事件と言ふべきである。
明治時代、後に大津事件と呼ばれる大事件が起きた。明治24年(1891年)5月11日、日本訪問中のロシアの皇太子が、大津で警備の巡査に襲われてけがをした事件である。皇室罪(皇室に対する罪)を適用してこの巡査を死刑にすべきであると主張した政府の圧力に対して、大津地裁で法廷を開いた当時の最高裁判所である大審院の裁判官たちは、5月28日、一般の謀殺未遂罪を適用して無期徒刑(無期懲役)の判決を下した。
これは、わが国の司法府が戦前戦後を通じて司法権の独立を維持し得た象徴的事件として、長く伝へられてゐる。
●原発運転差し止めへの疑惑
それに比べて今回の「大津事件」には、いくつかの疑問と疑惑がある。
まづ、申立人らは、高浜原発の周辺の住民ではなく、隣の滋賀県の住民であり、高浜原発から数十キロも離れてゐる。このやうな申立人らに、当事者適格があるのか。
次に、今回の決定が仮処分であることである。仮処分にはそれを必要とする緊急性が無ければならない。世界で一番厳しいといはれてゐる原子力規制委員会の長期にわたる審査(これさへ厳しすぎるとの批判がある)を経て稼働した原発を停止させるには、仮処分ではなく本訴で十分に審査すべきであつた。
同じ高浜原発3、4号機について、再稼働してはならないとの昨年4月の福井地裁の仮処分決定も非常識で、後に取り消されたが、今回の山本決定はそれよりもさらに悪質である。
さらに決定によると、安全であるとの立証責任が関電側にあるとのことであるが、これは通常の仮処分の立証責任とは逆である。
結局、この裁判官は最初から原発の運転を止めてやらうと決めてかかつてゐたとの疑惑をぬぐえない。原発の専門家でもないたつた一人の裁判官が大した根拠もなく稼働中の原発を止めるなど、司法によるテロである。
●司法の劣化
裁判官も含めて、検察官や弁護士など司法に携わる者の質が低下してゐるとの批判が増えてきた。裁判官について言へば、出世を考へ上ばかりを見てゐるとの批判がある。裁判官にその傾向があることは私も認めるが、さらに現在、大衆迎合の判決が増加してゐる。この是正には、島田洋一国基研企画委員が提唱するやうに、新たに就任する最高裁判事の適格性を国会が調べる米国的な仕組みを導入することや、実務経験のある弁護士を一定の割合で裁判官に登用することなど、非常識な裁判官を排除する工夫が必要である。(了)