残虐な過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いで、クルド人は米軍と生死を共にする同盟相手ではなかったか。シリアからの米軍撤退は、そのクルド人を見捨てるもので、トランプ政権がいかに重要な同盟関係にあっても、無慈悲に切り捨てかねないことを示した。東アジアの核保有国に囲まれた日本にとって、米国は比類のない同盟国であることに変わりはない。しかし、今回のトランプ大統領の決定は、日本が日米同盟を強化しつつ、自立への備えと多国間の連携を怠ってはならないとの教訓になったはずだ。
●忠実な同盟相手を切り捨て
トランプ大統領は中東で費やされる莫大な軍事費に嫌気して、早くからシリア駐留米軍の撤退を公言していた。しかし、シリア北部から米軍が撤退すれば、トルコのエルドアン政権はシリア北部のクルド人勢力がトルコ国内のクルド人反政府組織と結託しているとして、攻撃することは目に見えていた。
マティス前国防長官の辞任は、このシリア撤退をめぐるトランプ大統領との確執が原因だった。トランプ氏は同じく撤退に反対したボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)を解任すると、エルドアン大統領との「取引」に動いた。シリア北部に緩衝地帯を設ける交渉の末に、この地域をトルコ軍に明け渡した。そのトルコ軍がシリア北部を即時空爆したのだ。
米軍にとってクルド人は、イラク戦争中の最も忠実な同盟相手であり、IS撲滅作戦の頼もしい友軍であった。しかも、クルド人が拘束している1万人近いIS戦闘員が解放されれば、多数の欧州出身戦闘員が帰国して新たな問題を起こす可能性が高い。
トランプ氏が嫌悪するオバマ前大統領はかつて、コスト削減を理由にシリアから手を引き、ISの拡大とロシアの介入を招いてしまった。その後、3年を待たずに米軍を再投入せざるを得なかった。トランプ氏がそれを再現することになっても、もはやクルド人の支援は受けられない。米軍2000人のシリア駐留は、ISを封じ込め、トルコのクルド攻撃を抑止し、米国に対する世界的な信用を確保するために支払う代償であったのだ。トランプ大統領は「取引」を優先し、「戦略」を軽視して、抑止をつぶしてしまった。
●次に放棄されるのは台湾?
アジアの同盟国はいま、トランプ政権の約束と道義性に対する不信感がぬぐえない。とりわけ、米国の後ろ盾によって対中抑止を図っている台湾は「アジアのクルド」になりかねない不安の中にある。トランプ氏が習近平中国国家主席との「取引」で、台湾の地位をないがしろにしないとも限らない。
日本としても、トランプ政権に対する一抹の不安がある以上、自立国家として日米安保条約の片務性を双務性に近づけ、同盟関係を強化するとともに、オーストラリアやインドなどと安全保障上の連携を探ってリスクに備えなければならない。(了)