公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

有元隆志

【第803回】日本が歩むチェンバレンの道

有元隆志 / 2021.06.21 (月)


産経新聞月刊正論発行人 有元隆志

 

 先の通常国会で、対中人権非難決議案の採択は見送られた。与党の二階俊博自民党幹事長、山口那津男公明党代表らが中国との関係維持を最優先する立場から決議案採択に慎重だったためだ。野党も決議案に賛成はしたものの、積極的に動いていた議員は多くなかった。与野党は採択見送りの責任のなすりつけ合いをすべきでない。国会議員全員に連帯責任がある。

 ●侵害者を利する人権非難決議見送り
 決議案は法的拘束力もなく、「中国」の文言すらない不十分な内容だ。それでも推進した議員らは決議案を第一歩として、中国の人権侵害に制裁を加える法律作成を目指す方針だった。人権問題や安全保障問題などで中国と対峙する日本政府の活動を援護射撃する側面もあった。だが、採択見送りによって、かえって中国側を利する結果となった。
 山口氏は「経済や人事交流の極めて厚い中国との関係も十分配慮し、摩擦や衝突をどう回避するかも重要な考慮事項だ。慎重に対応する必要がある」と述べていた。中国は隣国であり最大の貿易相手国ではあるが、経済関係、交流を重視するあまり、人権侵害を見過ごしていいのか。自由、民主主義、人権などの普遍的価値を重視することを外交の柱としてきたのは戦後日本ではなかったか。
 中でも公明党は綱領で「政治の使命は、生きとし生ける人間が、人間らしく生きる権利、つまり人権の保障と拡大のためにこそあります」と、「人権の党」であることを謳っている。山口氏は香港、新疆ウイグル自治区、南モンゴル、チベットの人々の声に直接耳を傾けるべきだ。
 菅義偉首相、二階幹事長らも都議選、衆院選を控え公明党に配慮するだけで、説得して採択につなげようとしなかった責任は大きい。
 今日の日本は、急速に力を伸ばしてきたナチス・ドイツの圧力にさらされた戦前の英国の状況に似ている。1938年のミュンヘン会議で時の英首相ネビル・チェンバレンは、チェコスロバキアのズデーテン地方の割譲を求めたヒトラーの要求を呑むなど「宥和政策」を取った。徹底抗戦を呼びかけたのがチェンバレンから首相の座を引き継いだウィンストン・チャーチルだった。
 今の日本の国会にチャーチルはおらず、このままではチェンバレンの道を歩もうとしている。チェンバレンはそれでも、ナチスに対抗するため軍備増強を図ったが、日本の防衛費は国内総生産(GDP)1%以内のままである。

 ●国会に浸透する中国の影響力
 いまこそ、権威主義的、威圧的傾向を強める中国の圧力に屈せず、香港、新疆ウイグル自治区、南モンゴル、チベットなどでの弾圧に対し声を上げる時ではないのか。
 決議案見送りは、中国の影響力が国会にまで着実に浸透していることを示した。私たちは日本の民主主義が脅威にさらされているという認識を持ち、来る衆院選では、中国の人権侵害は許さないとの気概を持つ議員たちを国会に送り出そうではないか。(了)