公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第802回】戦時労働者問題で画期的判決

西岡力 / 2021.06.14 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 6月7日、韓国ソウル地裁が朝鮮人戦時労働者問題で正当な判決を下した。元労働者ら85人が日本企業16社を相手取り、慰謝料1億ウォン(約1000万円)ずつを求めた訴訟で、訴えを却下したのだ。
 43ページにわたる判決全文を読み、裁判長を務めた金亮澔キムヤンホ部長判事のバランス感覚と愛国心に心を打たれた。

 ●「最終的解決」を確認
 現在の日韓関係の悪化の発端は2018年10月の韓国大法院(最高裁)の戦時労働者判決だ。同判決の根本的問題は、日本の朝鮮統治を不法なものと断定して、不法行為に対する慰謝料は1965年の日韓基本条約と請求権協定で「最終的に解決」された請求権の問題に含まれないとする独善的な主張を展開したことだ。
 今回のソウル地裁判決の一番の功績は、この大法院判決を覆したことだ。すなわち、「条約不履行を正当化するために国内法規定を援用してはならない」という国際法の原則を確認した上で「大法院判決は植民地支配の不法性とそれを理由とする徴用の不法性を前提としているが、それはただ国内法的な解釈に過ぎず、このような国内法的な事情だけで、植民地支配の適法または不法に関して相互合意を得られないまま一括して被害者の請求権等に関して補償または賠償することで合意に至った『条約』に該当する請求権協定の『不履行』を正当化できない。従って、大韓民国は依然として国際法的には請求権協定に拘束される」と明確に書いた。その上で、原告の求めるとおり強制執行を行い日本企業の財産を侵害した場合、「大韓民国の文明国としての威信が地に落ちる」とまで指摘した。

 ●左派政権のたそがれ反映か
 4月21日に同じソウル地裁(裁判官は異なる)は、元慰安婦が日本国に対して起こした裁判で、国家は他国の裁判の被告にならないという「主権免除」原則を適用して原告の訴えを退けた。人道に反する国家犯罪だから主権免除の例外だとして日本国に賠償支払いを命じた1月の判決を覆すものだった。
 日本側が勝訴した最近の二つの判決を見て、文在寅政権が日韓関係を改善したいと動いており、韓国司法がそれに影響を受けたのではないかとの観測が出ているが、私はその見方に反対だ。4月の慰安婦判決は、慰安婦の公権力による強制連行を事実とし、国家犯罪だから主権免除の対象になるが、慰安婦の賠償請求権はいまだに残っているので外交で解決せよと命じていた。これでは日韓関係の改善にはつながらない。
 今回の堂々たる判決は、任期残り1年を切った文在寅政権のレームダック化により相対的に反日左派の力が落ちてきた結果ではないか。また、『反日種族主義』や拙著『でっちあげの徴用工』韓国語版などが出版され、戦時労働者問題で事実認識が広まってきたことも影響を与えたかもしれない。韓国与党と左派メディアは金判事を売国奴だと激しく批判したが、通常は反日ポピュリズムに流される朝鮮日報などが判決を支持し、世論は割れている。(了)