中国政府による新疆ウイグル自治区などでの人権侵害を非難する国会決議の採択がまたもや見送られることになった。岸田文雄首相、自民党の茂木敏充幹事長が中国の反発、連立与党・公明党内の慎重論に忖度した結果だ。岸田首相は9日、米政府主催の「民主主義サミット」で中国による人権弾圧を念頭に深刻な人権状況に声を上げる姿勢を打ち出したばかりだったが、これで人権重視と言えるのか。
●歴然たる日米の対応の差
そもそもこの決議案には「中国」という文言がないなど、中国非難の色彩を薄めた内容だった。6月の通常国会では野党が決議案を了承したにもかかわらず、自民党の二階俊博幹事長(当時)が公明党との選挙協力を見据え、最終的に見送りを判断した。10月の岸田政権誕生で「親中派」の二階氏も退任し、採択に障害はないはずだった。
12月の臨時国会での公明党との修正作業では、「(人権)侵害」や「非難」という文言が削除されるなど一層後退した。それでも推進派は、国際社会に向けて人権重視の国会の姿勢を示すためにも決議を採択することに意味があるとして妥協した。
しかし、茂木幹事長は北京冬季五輪の「外交的ボイコット」をめぐる対応を政府が決める前ということもあり、決議採択に一転して慎重となった。首相は決議を採択させないために「外交的ボイコット」の判断を遅らせたのではないかとの観測も出ている。
自民党の高市早苗政調会長らの採択申し入れに、茂木氏は「決議案の内容ではなくタイミングの問題だ。今は(採択の)タイミングではない」と答えた。茂木氏に問いたい。いったいいつがタイミングなのか。高市氏も「悔しい」と言うだけでなく、辞表を提出する覚悟を示してほしい。
折しも米議会では、ウイグル人の強制労働を理由に新疆ウイグル自治区の産品の輸入を原則的に禁ずる法案が超党派の支持で上下両院を通過したばかりだった。人権に関する日米議会の対応の差を印象づけた。
●岸田政権の看板が泣く
ウイグル人に対する人権弾圧については、百万人規模の強制収容所の存在が指摘されて久しい。それでも日本の国会は動こうとしない。月刊「正論」で連載している「在日ウイグル人証言録」に携わっている評論家の三浦小太郎氏は「この問題は、単に中国と他民族、もしくは日本と中国の国家的対立などではない。価値観の対決、信仰と信仰否定、自由民主主義と全体主義の対立なのだ」と位置づける。
岸田首相は9日の衆院本会議で「私の内閣では人権をはじめとした普遍的価値を守り抜くことを重視する」と強調した。だが、北京五輪の外交的ボイコットの態度表明を遅らせたうえ、中国のような権威主義国家が人権弾圧に悪用する恐れのある先端技術の輸出を監視する民主主義諸国の枠組みに参加せず、それを支持することさえしなかった。そして今回の対中非難決議の見送りである。岸田首相はもはや「人権重視」の看板を下ろした方がいい。(了)