李在明韓国大統領が8月下旬の訪日・訪米で、国益重視の実利外交の真骨頂を見せた。
6月に尹錫悦大統領弾劾成立による繰り上げ選挙で当選した李大統領に、米政府は当初冷淡だった。トランプ政権は韓国の極右勢力の伝える「韓国で中国が介入する大規模な不正選挙が行われていて、尹氏はそれを暴こうとして弾劾された」とする陰謀論の影響を受けていた。米韓首脳会談の3時間前に、トランプ氏はSNSに韓国で粛清か革命が起きていると書き込んだ。陰謀論を支持するかのような投稿だった。
ところが、首脳会談で開口一番、トランプ氏は「当選をお祝いする」と挨拶した。その時点でトランプ氏は陰謀論が事実ではないと判断していた。その上、記者の質問に答えてトランプ氏は「誤解していた」と明言した。李大統領側が水面下で誤解を解く努力をし、トランプ氏がそれを受け入れたのだ。
●成功したトランプ懐柔作戦
李大統領はトランプ氏の好みや性格などを徹底的に調べて会談に臨んだ。芳名録にサインするときに持参した太い特注のペンはトランプ氏が好むもので、それを見たトランプ氏がその場で欲しがり、李氏がプレゼントした。
李氏は最初の挨拶でホワイトハウスの黄金色の装飾を激賛して、トランプ政権下で米国が黄金期を迎えているとして、米国株価が高騰していることに言及した。トランプ氏が黄金色を好むことを事前に調べていた。
その後、トランプ氏は世界の戦争を止めて平和を創り出していると褒めた上で、朝鮮半島でも平和を創り出せるのはあなたしかいないとして、北朝鮮の金正恩総書記との会談を勧めた。トランプ氏が自身をピースメーカーと呼んでいること、ノーベル平和賞を狙っていること、金正恩氏との会談に意欲があることを調べた上での発言だった。原稿なしに、短く簡潔な表現でユーモアも交えながらこれらの発言を行い、トランプ氏の心をつかんだ。
●歴史問題で「反日」封印
訪米前に日本を訪問し、慰安婦問題と戦時労働者問題について過去の政権の合意を遵守すると明言した。李大統領の以前の極端な反日言動からすると驚きだったが、その理由もトランプ対策だった。
米国は日韓が歴史問題で対立を続けることが東アジアでの米国の国益に反するものだと懸念していた。トランプ氏は第1期政権時代、安倍晋三首相(当時)と蜜月関係を持ち、韓国側が無理なことを主張しているとする日本の説明を受け入れていた。そのことを察知した李大統領はまず、日本を訪問して米国の懸念を解消した。
石破茂首相は李氏が期待する謝罪は行わず、1998年の小渕恵三首相と金大中韓国大統領による日韓共同宣言を始めとする歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいるとする2023年の尹大統領訪日時に岸田文雄首相が述べた線を維持した。
これには安心したが、石破氏が首相にとどまり10月に韓国で行われるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で訪韓することになれば「謝罪」という表現を使ってしまう可能性がある。警戒が必要だ。(了)