公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

有元隆志

【第889回】北方領土でもロシアの情報戦

有元隆志 / 2022.02.21 (月)


国基研企画委員・産経新聞月刊「正論」発行人 有元隆志

 

 ウクライナ情勢をめぐって米国とロシアの熾烈な情報戦が展開されているが、ロシアは日本固有の領土である北方領土でも情報戦を仕掛けている。ロシアの独立テレビ(NTV)は「北方領土の日」の2月7日夜、元島民のビザなし訪問を利用して日本が情報収集活動を強化しているとの番組を放映した。

 ●パンの中にSDカード
 番組では、色丹島への訪問団に同行した日本人の女性通訳が、島の発展に関する「機密情報」を受け取った時にロシアの情報機関・連邦保安局(FSB)の要員に拘束され、それに続き、取り調べ中に黒パンの塊からデジタルカメラの記録用SDカードが見つかる場面が映し出された。
 また、国後島に住むと称するロシア人が「偽名を使って学者に扮した公安調査庁の職員から兵舎建設に関する資料提供を求められた」と証言する様子も流した。国後島には地対艦ミサイルが配備されている。このほか、日本人記者がウラジオストクのレストランで「軍事専門家」と称するロシア人に取材した後、FSB要員に路上で拘束される画面も出てきた。
 いかにも最近起きたかのような映像だが、ビザなし訪問はコロナ禍の中で2020年から2年間実施されていない。NTVが報じた映像は2019年の色丹島への訪問で起きたこととみられる。日本人通訳がSDカードをパンに入れていたとは到底考えられず、FSBにはめられたのだろう。女性はその後解放され、他の訪問団と共に根室港に戻ったという。日本人記者についても、2019年12月に共同通信の記者が拘束されたシーンを流したとみられる。記者が釈放された後、共同通信は「通常の取材活動だったと考えている」と説明した。
 いずれも過去の映像を引っ張り出して、いかにも今起きているかのような印象を与えることで、ロシア国内の危機感を煽る狙いがあるようだ。
 同時に、日本が欧米諸国と連携し、ロシアのウクライナ侵攻に対して経済・金融制裁を検討していることを牽制する狙いもあるとみられる。日本がロシア制裁に踏み切った場合、中断しているビザなし訪問を中止に切り替えることを示唆したともいえる。

 ●北方領土は「不法占拠」
 プーチン政権はメディア統制を強めてきた。NTVも当初はチェチェン戦争の報道で評価されたものの、オーナーが横領容疑で拘束されるなどして経営権は国営企業のガスプロムに移った。日本人通訳らの拘束の場面もFSBがNTVに映像を提供した合作といえる。
 7日の「北方領土返還要求全国大会」では「法的根拠のないまま76年間占拠され続けていることは決して許されない」とのアピールを採択した。「不法占拠」であることを日本政府は国際社会に訴える必要がある。同時に、北方領土問題の解決なしにロシアとの平和条約締結はあり得ないことを改めて明確にしなければならない。(了)