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西岡力

【第1120回】「拉致」と「核」の分離が平壌を動かした

西岡力 / 2024.02.19 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学特任教授 西岡力

 

 「(岸田文雄)首相が平壌を訪問する日もあり得るであろう」。2月15日、北朝鮮の事実上のナンバー2である金与正副部長が、談話でこう述べた。1月5日には、兄の金正恩委員長が岸田首相に閣下という敬称を付けて能登半島地震の見舞い電報を打っている。これらの動きは、拉致問題を核問題と切り離して先に交渉しようという岸田首相のメッセージが北朝鮮指導部を動かしつつあることを意味する。
 一昨年10月、岸田首相は、拉致と核・ミサイル問題の包括的解決に触れた後で、拉致だけに「時間的制約」という言葉を付けて、事実上の切り離しを行った。それ以降、継続して同じメッセージを送っている。

 ●近くあり得る岸田首相訪朝
 近く、岸田首相訪朝があり得ると私は見ている。そこで全拉致被害者の一括帰国を首相が勝ち取ることが出来るか、拉致問題は正念場を迎えた。
 与正談話が、岸田首相の最近の衆院予算委員会答弁を引用した点も見逃せない。北朝鮮は今、岸田首相の国会での発言も点検している。日本に対する、そして岸田政権に対する関心の高さが分かる。
 談話では「解決済みの拉致問題を両国関係展望の障害物としてのみ据えない限り、両国が親しくなれない理由がなく、首相が平壌を訪問する日もあり得るであろう」とした。拉致問題を障害物にしないという条件を付けて岸田首相訪朝を受け入れると公言したのだ。
 拉致を解決済みだとする部分は決まり文句で、重視する必要はない。その立場を覆す権限は金正恩氏以外持っていないからだ。
 北朝鮮は深刻な食糧危機に直面し、兵士が飢えて強盗化する事件が頻発している。その上、住民の多くが韓国ドラマを見て韓国への憧れが拡散し、反体制的な事件が昨年100件以上起きるなど体制の危機を迎えている。中国は無償支援をせず、ロシアとの武器貿易もいつ終わるか分からず、米国のバイデン政権とは完全に没交渉という中、核問題が動かなくても拉致被害者を返せば人道支援をするという岸田首相のメッセージに平壌は魅力を感じているのだ。

 ●譲ってはならない被害者一括帰国
 横田めぐみさんの母の早紀江さんら親の世代の拉致被害者家族がわずか2人になり、2人が亡くなった後めぐみさんらを返しても日本世論は悪化するだけで、国交正常化後の大規模な経済協力はもちろん人道支援さえ期待できないという状況も平壌中枢に伝わっている。
 一部でささやかれている政府認定被害者の田中実さんと未認定の金田龍光さんを返してそれ以外の被害者については継続調査にするというシナリオはあり得ない。家族会・救う会は一括帰国以外支持できないと繰り返し政府に伝えており、私の知る限り首相以下そのことはよく分かっていて、2人の帰国でお茶を濁すようなことは考えていない。2人以外の被害者について多数の生存情報がある。
 北朝鮮は困った時にしか対日接近をしないが、その時もずっと嘘をついてきた。これからが正念場だ。岸田首相を先頭にしてオールジャパンで全拉致被害者の即時一括帰国を求め続ける時だ。(了)