公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第1227回】中露が狙う「第2次ヤルタ」への道

湯浅博 / 2025.02.25 (火)


国基研企画委員兼研究員 湯浅博

 

 ウクライナ侵略戦争の終わりを探る米露交渉の背後で、中国がひそかに大国外交の主導権を握るべく動いている。ウクライナ抜きの米露首脳会談を後押ししながら、ギクシャクする米欧関係の隙を突いて欧州にも接近する。戦争当事国の一方を外した大国間取引は、中露が密かに狙う「勢力圏の再分割」に踏み込む危険なワナが潜んでいる。

 ●気脈を通じるトランプ・習氏
 トランプ米大統領は昨年11月の大統領選挙で、ウクライナ侵略戦争の「24時間以内の解決」を公約した。この大言壮語を実現するため、米国の最大の敵対国であるはずの中国に対して、ロシアが交渉のテーブルに着くよう繰り返し助力を求めてきた。ロシアの戦争継続を軍需物資と経済で支える中国の影響力に期待してのことだ。
 トランプ氏は慣例を無視して習近平中国国家主席に大統領就任式への出席を呼び掛け、就任式直前には習氏との電話会談で、過酷な関税を割り引く代わりに「ウクライナ和平工作への協力」を要請していた。さらに、スイスで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)のオンライン演説でも、公然と中国に支援を求めている。他方、記者会見などでは、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟の可能性にプーチン露大統領が脅威を感じていることを「理解できる」と述べていた。ウクライナ和平への中国の協力やロシアの主張に対する共感は、中国の特使が3年間にわたって世界の各都市で言い続けてきたことに近い。
 米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、中国当局者はトランプ新政権に対して①ウクライナ抜きの米露首脳会談の開催②停戦後の平和維持活動への中国の支援―の2点を軸に提案し、トランプ陣営は一部を受け入れたという。中国が和平合意の「保証人」となって平和維持部隊を派遣することになれば、「ピースメーカーとしての中国」を世界に印象付けることになる。
 トランプ氏が米露協議に「ウクライナ外し」をのんだのは、侵略戦争を終わらせる公約実現に前のめりになるが故の弱みを示している。戦争終結には、ウクライナに圧力をかけるのが手っ取り早い。米国が最終的に中露の分断を狙っているとしても、中国からみれば米欧分断のチャンスに映るだろう。

 ●勢力圏再分割の夢
 他方で、プーチン氏はロシアの地政学的な野心を正当化するため、2月に80周年を迎えた「ヤルタ体制」の復活をもくろんでいる。第2次大戦末期、米英ソ3カ国首脳がクリミア半島のヤルタに会し、欧州を東西の勢力圏に分割した体制だ。1991年のソ連崩壊でロシアは東欧での優位性を失った。
 プーチン氏は「ヤルタの精神」を西側が歪め、ウクライナにまでNATOを拡大しようとしたと悔しがる。そして中国は、プーチン氏のストーリーに理解を示しながら、米国に対抗する伴走者としてロシアを利用する。
 中露が引き込む「取引」に米国が乗れば、世界各国の主権は3大国の力と思惑で左右される時代に逆戻りする。そして最大の受益者は、米欧離反に乗じる中国だろう。(了)