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髙池勝彦

【第1297回】石破首相の「戦後80年所感」を批判する

髙池勝彦 / 2025.10.15 (水)


国基研副理事長・弁護士 髙池勝彦

 

 10月10日、石破茂首相は記者会見において、「戦後80年に寄せて」といふ所感を公表した。一読して、これは何だといふ奇異の念に打たれた。この所感には二つの問題点がある。これは首相退陣を目前にした人物がいふ言葉かといふのが第一の点である。第二は内容である。

 ●何様のつもりか
 第一の点。英語に「何様のつもりか」(Who do you think you are?)といふ言ひかたがあるが、まさにこれである。これまで大東亜戦争敗戦50年、60年、70年といった節目の年の、終戦記念日かその前日といふ節目の日に首相談話が出された。私はいづれの談話に対しても、出すことにも内容的にも疑念を持つてゐるが、それでも丁度節目の日にあたつて出されたもので、出すことに一理はある(一理しかない)。
 今年は確かに敗戦80年の節目の年ではあるが、今回の所感が出されたのは何の節目の日でもなく、単に自分の退陣を前にした記者会見での言葉である。退陣前の記者会見の言葉であるとしたら、自分が首相として何をしたか、できなかつたかなど、任期を振り返り反省を述べるのが普通であらう。それが、80年前のことについて「私は、国民の皆様とともに、先の大戦の様々な教訓を踏まえ、二度とあのような惨禍を繰り返すことのないよう、能う限りの努力をしていきます」(所感の結び)など、鼻白むばかりである。

 ●高校生のレポート
 次に内容である。大日本帝国憲法の問題点、戦前の政府の問題点、議会の問題点、メディアの問題点、情報収集・分析の問題点、今日への教訓と、巷間よく聞かされてゐる議論を並べ、石破氏の独創的な意見など見当たらず、まるで高校生の歴史のレポートのやうである。
 よく聞かされてゐる議論であるからその内容がすべて間違つてゐるわけではない。しかし、全ての論点があの戦争は悪かつたとの視点で述べられてゐるのは受け入れがたい。
 一例を挙げる。日本は、同盟国ドイツとは「全く異なる戦争をしていた」のである(平成13年10月11日東京高裁判決)。戦争とは相手があるのであり、相手の出方によつてはやむを得ず戦争に入る場合もある。自衛戦争がその例である。「所感」は、文民統制が不在であつたといふが、文民統制があればあの戦争は防げたと言はんばかりの議論で、多角的な視点がない。
 民主主義国家の文民統制と独裁国家の政軍関係は異なるが、政治優先といふことでは共通点もある。ヒトラーのドイツは軍部独走ではなく、政治優先で戦争を行つたのではないか。我が国の文民統制がしつかりしてゐれば、習近平中国国家主席の政治優先の侵略戦争を防ぐことができるのか。これは別問題であらう。我が国が「二度とあのような惨禍を繰り返すことのないように」するには、この別問題にも言及する必要があるのではないか。
 石破氏が個人的な見解を披歴するのは言論の自由であるが、それには「所感」のやうな形ではなく、チャーチルをはじめ多くの政治家がさうであるやうに、じつくりと回想録でも書いたらどうか。(了)