奈良地方裁判所は,安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也被告人に無期懲役を言い渡した。私は極刑であるべきだと考えるが、検察の求刑が無期懲役であったことを前提にすれば、相当な量刑というほかない。
この判決に対しては、山上被告人が旧統一教会によって不幸な人生を送らざるを得なかったことを理由に、罪一等を減じ有期懲役にすべきだったとする批判が一部マスコミやコメンテーターからなされている。しかし、犯人が何らかの理由で悲惨な人生を送ってきたとしても、それは人の命を奪う言い訳になるものではない。
●被告同情ムードは排除
山上被告人は当初、教団幹部を攻撃対象としていたのに、途中からその対象を、山上被告人自身も本筋ではないと認めている安倍氏に替えている。その理由として山上被告人は、経済的事情から、対象としていた教団幹部が来日するまで待つ余裕がなかったことを挙げているが、そうであれば、なぜ日本にいる教団幹部を狙わなかったのか。教団への恨みが犯行動機だったとするのであれば、安倍氏よりも日本の教団幹部を狙うのが筋だろう。
それを考えれば,教団によって悲惨な境遇に追い込まれたことを理由に安倍氏を狙うことに合理性は全くない。判決が、弁護側の主張や情緒的に山上被告人に同情する一部の社会的雰囲気を排し、求刑どおり無期懲役としたことは当然であり評価できる。
しかし、別の観点からは大きな問題がある。判決は、山上被告人が安倍氏を教団と社会に影響力のある人物と考えていたことが、この事件の背景にあると認定している。要するに、もし安倍氏が教団と何らかの関係があったとしても、首相経験者でも有力政治家でもなければ、山上被告人の襲撃対象にはならなかったということだ。
言い換えれば,首相経験者であり大きな影響力を持つ有力政治家だったという安倍氏の属性と銃撃事件とは因果関係があるということになる。しかし、判決の犯情部分(結果の重大性などを考慮する部分)においては,被害者が首相経験者で有力政治家であったことや、民主政治の基盤である国政選挙における演説中の襲撃であったことが社会に与える影響については全く言及されていない。「被害者の生命が失われ、また、公共の静穏や安全も大きく侵害された」とするのみで、あたかも一私人が普通の人混みの中で襲撃されたかのような説示に終わっている。
●政治家を襲撃から守れ
政治家は、反対の主義主張を持つ者を含む聴衆と近距離で向き合わなければならない機会が少なくない。その意味で、政治家の生命、身体は一般人よりも危険にさらされていると見るべきであり、その生命、身体を守るためには、法のより強い抑止を必要とする。政治家をあたかも一般人のように扱う今回の判決に、より強い抑止を期待することは難しい。政治家襲撃の閾値を下げかねないとの危惧を感じる。
折しも、衆院選が始まる。選挙運動期間中に高市早苗首相を始めとする政治家に危害が加えられないよう万全の警備、警護を警察及び各党に求めたい。(了)





