公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

岩田清文

【第1379回】米国をアジアから引かせてはならない

岩田清文 / 2026.06.22 (月)


国基研副理事長・元陸上幕僚長 岩田清文

 

 60日間の停戦合意が一応成立したイラン戦争は、トランプ米政権の戦略上の矛盾を鮮明にした。米国は、南北米大陸を中心とする西半球の重視を唱えながらも、現実には中東に深く引き込まれ、イランの核兵器保有阻止やホルムズ海峡の再開のために、軍事・外交資源を大きく費やした。こうした中東への資源投入が、米国の対中抑止に本来振り向けるべき戦力をそぎ、結果としてアジアへの関与を相対的に弱めているのである。

 ●揺らぐ「インド太平洋」重視
 その文脈で見れば、米国防総省が「インド太平洋軍」の名称を2018年以前の「太平洋軍」に戻した意味は軽視できない。太平洋軍の責任区域に変更はないと公表されているが、名称は戦略思想の表れである。「インド太平洋」は、かつて安倍晋三元首相が提唱し、米国も採り入れた「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のうたい文句である。また、日米豪印の安全保障の枠組み「クアッド」を軸に、中国の海洋進出を東シナ海、南シナ海、インド洋の全域で抑える発想の象徴でもあった。この区域を管轄する米軍の名称から「インド」が落ちたことは、米国の視野が狭まりつつある兆候ともとれる。
 問題は、名称変更発表のタイミングである。米中首脳会談の約1カ月後であり、しかも主要7カ国(G7)首脳会議が「自由で開かれたインド太平洋」の重要性を確認する共同声明を採択した、まさにその日だった。この符合を単なる偶然で片づけるのは無理がある。トランプ大統領が習近平中国国家主席との1対1のディール(取引)を優先し、同盟国との連携やFOIPの理念を棚上げした可能性を示唆しているからだ。
 クアッドの結束にひびを入れ、インド洋の戦略的価値を軽視することは、結果として中国の覇権主義的海洋進出を利するだけである。米国が中国との二国間の直接交渉による当面の安定に満足し、アジアへの実質的関与を薄めていけば、この地域に力の空白が生まれる。中国がその空白を突いてくることは、歴史が示してきたとおりだ。

 ●問われる日本の意思と備え
 これは、日本にとって他人事ではない。中国、ロシア、北朝鮮という三つの核保有国と向き合い、中国の西太平洋進出の圧力を直接受けている日本にとって、日米同盟の抑止力は死活的に重要だ。米国が1対1の取引外交に傾斜しつつある時、同盟の実効性は自動的には担保されない。日本が黙っていても米国がアジアに踏みとどまる、という時代は終わったと見るべきであろう。
 今、問われているのは、「米国はアジアに残るのか」ではない。「日本が、米国をこの地域に留めるだけの意思と力を持てるのか」である。日本に必要なのは、日米同盟を「米国が身を引けない枠組み」に変える努力だ。日本が自ら備えを固め、米国にとっての日本の同盟価値を高めてこそ、米国の関与は現実のものとなる。(了)