国基研理事長 櫻井よしこ
連休中、国基研代表団長としてベトナムの首都ハノイを訪れ、ベトナム外交学院及び社会科学院中国研究所等との意見交換を行った。焦点は中国問題、特に南シナ海問題の解決にベトナムはどう対処し得るか、であった。
一連の会談で年来の私のベトナム観は一変した。フランスと戦って独立を果たし、米国に撤退を決意させ、1979年の中国の侵略を退けたベトナムこそ、自主独立の気概溢れる国だと思い込んできたが、どうやら修正が必要だと認識するに至ったのだ。
中国への恐怖心
短期間の観測であり、ベトナム側がどこまで胸襟を開いたかについては慎重な判断が必要だが、ベトナムは「平和重視」を唱え、いわゆる全方位外交を展開中ではないか。その疑問は、二つの研究機関に加えて、ベトナム外務省きっての中国通、ホー・スアン・ソン筆頭次官との会談でも感じた。それは、中国に対する尋常ならざる恐怖心がベトナムにあるのではないかとの疑いに重なる。
南シナ海の領有権問題はベトナムの国運にかかわる重大問題であろう。同問題への対処は単独では無理だ。中国の脅威を共有するフィリピン、できれば東南アジア諸国連合(ASEAN)、さらに米国を巻き込んだ大きな協力の構図を積極的に構築しなければならない。大前提は中国の脅威の正確な認識と、自主独立を守るために最終的には軍事力の行使をも否定しないほどの決意である。
だが、一連の討論ではベトナム側から次のような驚くべき発言があった。
「我々(ベトナム)は弱いと思わないほうがいいのは判っている。しかし、そう思わざるを得ない。国の規模も経済も中国よりはるかに小さい。脅威に単独で対処しようとすれば、軍拡競争に陥る危険性もある」
「フィンランド化」の懸念
中国はベトナムの意図など無視してすでに四半世紀、軍拡を続行中だ。確かにベトナム経済は中国の約50分の1、軍事予算は約33分の1と、その差は大きい。しかし、力の差ゆえに自らを「弱い」とすることは、冷戦中にソ連の力に屈服した国々と同じ状況に自らを置き、いわゆる「フィンランド化」することを意味する。
案の定、中国はベトナムのTPP(環太平洋連携構想)参加を米国への接近と見たのか、参加しないよう強い圧力を加えているという。ベトナムは中国と米国双方の「圧力」の前で、恰も言い訳のように、「(特定の)第三国との協力は対中国でバランスをとることにならない。ベトナムはどの国とも協力して平和を獲得する」と説明する。
この種の全方位外交がベトナムに平和と安寧をもたらすはずはない。言葉と理念だけの「平和」は「力」の威圧の前に吹き飛んでしまうのが国際社会の現実である。大国に挟まれて現実外交に徹してきたはずのベトナムはどうしたのか。私の疑問は晴れない。(ハノイにて)
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第140回:平成24年5月7日したたかなベトナムはどこへ(櫻井よしこ)