国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力
8月29日、北京で4年ぶりに日朝政府間協議が行われた。課長級の予備協議という位置づけで、協議は予定より1日延び、31日に、双方の関心がある事項について本協議を持つことで合意した。日本側は当然、そこには拉致問題が含まれると発表したが、北朝鮮はそのことを明言していない。
遺骨1体400万円を要求?
そもそも今回の政府間協議は、北朝鮮が日本人戦没者の遺骨返還と墓参という「人道問題」を話し合おうと提案してきたものだった。日本政府は、拉致問題が棚上げにされる危険もあるが、金正恩政権になって初めての対日接近であることをとらえ、提案に乗った。
北朝鮮の労働党第1書記金正恩の狙いは日本からまとまった資金を得ることと、制裁の解除だろう。米国政府は1950年代の朝鮮戦争中に戦死した米兵の遺骨を多額のドルを払って買い取っている。北朝鮮はその金額に準じて1体400万円という費用を日本政府に求めているという情報がある。日本政府の統計では、北朝鮮には終戦前後の引き揚げ過程で亡くなった民間人を含む戦没者の遺骨2万1000柱が残されている。上記費用を払えば全体で800億円となる。遺族団体である清津会の活動には、北朝鮮に亡命した日航機よど号ハイジャック犯の娘などが関係しており、北朝鮮の工作機関の関与が疑われる。
金正恩としてはまず、拉致問題は動かさず、遺骨返還だけで日本からカネを取ろうとしてくるだろう。ただし、その企みは、拉致問題解決を国政の最優先課題の一つとしている野田政権に拒否される可能性が高い。その場合、金正恩は拉致問題でも動きを見せるかもしれない。
被害者十数人、平壌に集結か
私は7月上旬、「金正恩の特別指示で日本との関係回復のための交渉をする。それに備えて日本人拉致被害者10人余りを平壌に集めて、秘密警察の国家保衛部が別途管理している。保衛部でも担当者以外が被害者に接近したり情報を取ろうとしたりしたら、無条件でスパイとして捕まえるよう指示が出ている」という内部情報を得た。
私がこれまで入手できた情報によると、北朝鮮は拉致被害者を次の3グループに分けて管理している。①国家保衛部が管理する、対外工作に関与していないグループ、②工作機関が管理する、テロなどに協力させられたグループ、③党組織指導部が管理する、重大秘密を知るグループ、だ。金正恩はこのうち、①のグループのみを日本に返して多額の見返りを取り、拉致問題を終わらせようと狙っている。①のグループには、北朝鮮によって「死亡」とされた横田めぐみさん、田口八重子さんら8人は含まれていない。
日本政府は本協議を通じて、二つのことを金正恩に伝えなければならない。第一に、遺骨返還などの人道問題を進める前提は、拉致被害者全員の帰還であること。第二に、既に日本側は、②のグループと③のグループについても確実な生存と所在情報を持っており、①のグループの帰国のみで拉致問題を終わらせることは不可能ということだ。その 2 点を金正恩に正しく認識させることが喫緊の課題だ。(了)
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第156回:拉致被害者全員の帰還は譲れない(西岡力)