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島田洋一

【第155回】アーミテージ=ナイ報告の意義と二つの疑問点

島田洋一 / 2012.08.27 (月)


国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一

米国の超党派の知日派がまとめ、8月15日に発表されたアーミテージ=ナイ報告は、日米両国が経済的にも軍事的にも強国であり続けねば、自由、民主、法の支配、人権といった価値観に基づく国際秩序は確保できないと主張する。非常に優れた提言集と評価したい。慰安婦問題などで日韓が揉めれば敵を利するだけとの認識も誠に正しい。その上で、議論の活性化のため、あえて率直なコメントを二つ付しておく。

「慰安婦」で日本政府が広めた事実誤認
アーミテージ=ナイ報告は、「日本が歴史問題に向き合うことが緊要」として、特に慰安婦問題に触れ、「慰安婦の碑を建てないよう米国の地方自治体に働きかける日本政府の行為」などを批判する。アーミテージ元米国務副長官は日本経済新聞のインタビュー(8月25日)でさらに敷衍し、「(慰安婦をめぐる)事実はただ一つ。それは悪いことであり、実際に起こった。そして、日本人の何人かが責任を負っている。それで話は終わりだ。…冷静な歴史を教えることから始めればいい」と述べている。

おそらくアーミテージ氏は、日本軍が20万人の朝鮮人女性を強制的に性奴隷にしたという「慰安婦の碑」に見られる認識を大筋で受け入れている。これは誤認だ。ただ、こうした誤認の蔓延に当たっては、日本政府の責任が大きい。政府は国際的な場で、①20万人という数字は過大 ②日本は繰り返し謝罪と反省の意を表している―という逃げの弁明に終始してきた。

これでは「話半分で10万人くらい性奴隷にしたのか」との誤解を振りまいているも同然である。さらに、逃げの弁明を盾に在外公館が、下院慰安婦決議や慰安婦の碑を葬るべく「ロビー活動」を行うから、日本は姑息という印象まで振りまくに至る。

事実は一つ。日本の将兵による慰安婦の強制連行などなかった。韓国の男たちも、娘や妹の拉致を、指をくわえて見ていた腰抜けなどではなかった。日本のみならず韓国の父祖の名誉も守るという立場を強調し、日本政府は「先制降伏」から脱した広報活動を行わねばならない。

何が北朝鮮の「人権問題」か
それにしても、日本にのみ「歴史に向き合え」と説くアーミテージ=ナイ報告には傲慢の響きがある。ヤルタ合意、東京裁判史観などアメリカにも向き合わねばならぬ歴史はあるだろう。この点も、自らを一方的に断罪した村山談話など日本政府の責任が大きいのであるが。

もう一点、対北朝鮮政策に関して、核協議が行き詰まる中、「戦略環境を作り直す」ため、人権問題に焦点を合わせるべきであるとの提言にも曖昧な部分がある。「解決策」は、人権の概念を「食糧確保、災害救助、公衆衛生、教育、文化交流」まで広げ、日米韓が包括解決に乗り出すところにあると言うのだが、これは、適用を誤れば金大中流の太陽政策に堕しかねない。

なお、例えば「食糧確保」は、中国で鄧小平が行ったような農業生産の「各戸請負制」(所定量を上納した残りを私有化できる制度)を北朝鮮自ら導入する以外に「解決策」はなく、外部からの支援は旧体制を温存させるだけだろう。(了)

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第155回:アーミテージ=ナイ報告の意義と二つの疑問点(島田洋一)