国基研企画委員・横浜市立大学客員教授 松田学
「解散をめぐる攻防」という言葉が紙面に躍っている。政策をめぐる攻防ではない。政治は「国益」という価値を国民に提供する機能であり、何が国益であるかを国民に説得し、合意を得るのが選挙である。しかし、政権をめぐる党利党略と、落選したくない議員たちの「就活」の劇場と化した最近の政界は、私益追求の場に成り果てたように見える。
国民の政治不信が言われるが、顧客(有権者)への価値提供よりも自社の利益を優先する会社(政党)に顧客がそっぽを向くのは当然だろう。
特例公債法案未成立は職務怠慢
いま国会が果たすべき最低限の責務は、特例公債法案の可決だ。90兆円の予算のうち38兆円も財源の裏打ちがなく、予算執行は抑制が始まった。年度内の資金繰りなら、枠が20兆円ある財務省証券の発行という手段もあるが、それはどうでもよい。ここで問われるべき重大な問題は、国会としての職務怠慢である。
いま解散に追い込めば勝てると踏む野党は、この法案成立の条件は解散の確約だと迫り、解散すれば負けると踏む与党は、国会開会の先延ばしすら辞さない態度まで示した。こうした政界の駆け引きの中で法案未成立の状態が続いてきたこと自体、多数決のルールで既に成立している今年度予算を否定するものである。野党であっても、多数決で決まったことに従うのは民主主義の基本ルールではないか。明文化されたルールの前に、議員という職業人としての志の質が問われる暗黙のルールの部分があるはずだ。国民生活を人質に取っても党利を優先するのは、明らかに行き過ぎである。
衆院解散は大義に基づいて
わが国では現在、領土・領海をめぐって提起された外交・安全保障の立て直し、消費増税までに実現すべきデフレ脱却など、国会が取り組むべき喫緊の課題が山積している。政権与党は堂々と臨時国会を召集し、特例公債法案の可決と1票の格差是正は、与野党とも政局とは無関係に、政界全体の責務として果たすべきだ。その上で、国政の大課題について各政党が示す国益の内容を明らかにし、国民の信を問うのが憲政の本道であろう。
「政権交代」が自己目的化した前回の総選挙が象徴するように、政治は本来競い合うべきものが何であるかを忘れている。票ほしさに国民受けを狙った実行不可能なマニフェストであっても、それで政権さえ取れれば良いという風潮は、国民の政治不信を決定的なものにした。民主党政権は何よりもそのことに責任を取ってほしい。また、解散を求める野党も、与党への批判を超えて、自ら掲げる国益上の大義を明らかにしてほしい。例えば、そろそろ自主憲法制定を総選挙の最大の争点とする時期なのではないか。そのための離合集散や駆け引きを見せてくれる政界劇場なら、大歓迎だ。
日本の政治にいま必要なのは、党利党略を超えた国益や大義に従った行動だ。解散をめぐる攻防は、国益という大義の筋書きを競う形での「攻防」にしてほしい。それができないなら、「国家国民のために」という言葉を政治家が使うのは、やめにしてもらいたい。(了)
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第162回:国会では国益をめぐる「攻防」を(松田学)