公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

【第372回】トランプ氏の「偉大な」アメリカ

加瀬みき / 2016.05.09 (月)


国基研客員研究員・AEI客員研究員 加瀬みき

 

 「メーク・アメリカ・グレート・アゲイン」(アメリカを再び偉大に)は、共和党大統領候補となることが事実上確定したドナルド・トランプ氏の選挙スローガンだ。この一句がトランプ氏への支持の背景と同盟国にもたらす危険をとらえている。
 2012年11月にオバマ大統領が再選を果たした数日後、トランプ氏はこのフレーズを商標登録した。そもそもは1980年の大統領選挙でレーガン候補が使った標語だ。当時、米国は政治的、経済的に行き詰まり、イランの米人人質事件とソ連のアフガニスタン侵攻で国際的威信も失墜していた。そこで有権者が求めたのが、強い米国を再現する大統領であった。
 
 ●鬱積した国民の不満
 今の米国は、国民のわずか1割が経済回復による所得増加の恩恵のほとんどを得、富裕層と同時に貧困層も増えている。効率化や技術革新の結果、必要な労働者の数も質も大きく変わり、未熟練者の職は減り、給与が下がる人も多い。
 政治家は有権者にさまざまな約束をしても守らない。特に共和党指導層はオバマ大統領の政策からの大転換を公約したが、議会で過半数を取ってもそれは実現しない。リーマン・ショックで一般国民は大きな損害を被り、生活の糧を全て失った人もいるのに、その事態を招いた金融機関もその役員も罰せられない。
 中東やアフガニスタンには米国人の血と金を注ぎ込んだが、平和は訪れず感謝もされない。オバマ大統領は過激組織「イスラム国」を侮ったが、カルフォルニア州ではイスラム国支持者とみられる夫妻によるテロが起きた。ロシアがクリミアを併合しても米国は効果的な手を打てない。シリアではオバマ大統領がアサド政権による化学兵器使用を許さないという自ら引いた「レッドライン」を守らず、米国は信用を失った。中国が新設した国際銀行には、米国の反対を無視し多くの同盟国が加わった。南シナ海は中国の海になりかねない。
 米有権者の不満は自国の政治家に向かうだけでない。他国はずるい。自由貿易協定は不公平だ。ロシア、中国、テロリストなどとの闘いは米国だけが担っている。ロシアや中国は米国を馬鹿にし、同盟国は米国を利用するばかりである。トランプ氏は、個人と国家の地位の失墜を嘆きいら立つ人々に対し、悪者には責任を負わせ、他国には相応の負担を担わせ、米国を他国から恐れられ尊敬される国にすると約束する。
 
 ●同盟国との協調を図れ
 レーガン元大統領は米国を「丘の上の輝く街」と表現し、明るい指導国像を描き、中曽根康弘首相やサッチャー英首相などと政策の協調を図った。一方トランプ氏は、国内外に悪者をつくり、責任を押し付けることで、やり場のない怒りを抱える有権者の心をつかんだ。米国を「偉大」にすることに貢献しなければ、同盟国も悪役となる。しかし、自由民主主義圏の同盟関係は、米国が圧倒的な力を有しながらも他国と協調してきたからこそ強固なものであり、米国は他国の尊敬を得てきた。一国の、そして世界の指導者とは何かをトランプ氏に問いたい。(了)