公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第373回・特別版】新味に欠けた北朝鮮党大会

西岡力 / 2016.05.12 (木)


国基研企画委員・東京基督教大学教授 西岡力

 

 北朝鮮の労働党大会が6日から9日まで36年ぶりに開催された。「70日間闘争」と称して党大会の準備に国民を強制動員し、海外の外交官や貿易関係者、派遣労働者らに多額の外貨上納を求めるなど、国民生活に多大な負担をもたらしたが、新方針は何も打ち出されなかった。
 
 ●5大国並みの扱いを要求
 特筆されるべきは、中国共産党が代表を送らなかったことだ。大会「決定書」では「国連など国際舞台で米国の侵略と戦争策動を合理化する決議が採択された異常な現状は許されない」「帝国主義者、支配主義者のうわべだけの『正義』を灰にすべきだ」などと、国連制裁に賛成した中国を言外に非難した。「支配主義者」は中国を指すとも取れる。1月の核実験後、金正恩が「中国は同志から敵に変わった」と述べた(東京新聞5月10日)ことと通じる表現だ。
 金正恩の演説の中に「先に核兵器を使用せず、国際社会に担った核不拡散義務を誠実に履行し、世界の非核化を実現するために努力する」という表現があったことをとらえて、一部マスコミは「北朝鮮が非核化を主張」と書いた。しかし、この表現の直前で自国を「責任ある核保有国」と位置づけている。自分たちを核拡散防止条約(NPT)上の「核兵器国」と同等だと主張しているに過ぎない。
 NPTで認められている核兵器国は安保理5常任理事国だから、北朝鮮を常任理事国と同じに扱えと言っているのだ。インド、パキスタン、イスラエルはNPTに加盟せずに核開発を進めたので、北朝鮮は世界で唯一、NPTに非核兵器国として加盟しながら条約を破って核武装した無法集団であることを忘れてはならない。
 
 ●外務省を外した拉致被害者帰国協議を
 もう一つ注目されたのは、2日目の討論者4人の中に党組織指導部第1副部長の趙延俊が入ったことだ。他の3人は党の老幹部金己男(宣伝煽動部長)、軍の元老李明秀(人民軍総参謀長)、経済政策の責任者朴奉珠(首相)だったから、政治局員でもない趙延俊の登用は目についた。
 金正日時代に権力の核心部署の役割を果たしてきた組織指導部は、表舞台には出ない組織だった。ところが、金正恩の叔父で国防副委員長だった張成沢の粛清を主導した組織指導部は、自分たちが金正恩政権で権力を行使しているのだとこれ見よがしに行動し始めた。もう1人の第1副部長の黄炳瑞が軍総政治局長、党政治局常務委員として急浮上し、今回、趙延俊が党、軍、政府の最高幹部らと並んで演説をした。組織指導部は金正日路線をひたすら守り、改革開放を拒否、核武装を優先する守旧派だ。今大会の路線がまさにそれだ。
 最後に対日関係だが、北朝鮮は依然として安倍晋三首相への批判を自制し、日本人の元料理人を北朝鮮に招くなど日本への働きかけを続けている。対中関係の悪化に対抗するカードとして対日接近を捨てていない証拠だ。安倍政権がこの好機を活用するには、被害者救出交渉を優先してこなかった外務省を外して、官邸直轄で拉致被害者の一括全員帰国のための実質的協議を始めることだ。(文中敬称略)

【訂正】
 平成28年4月18 日付の【第369回・特別版】「北朝鮮とISがテロで連携?」で、「2年前から北朝鮮の特殊部隊がIS支配地域に入り、軍事演習の教官になっているという」とあるのは誤りでした。正しくは「2年前から北朝鮮の特殊部隊がシリア政府の軍事演習の教官になっている。今回のテロ連携依頼は従来の北朝鮮とシリア政府との関係を裏切るものだという」でした。(了)