公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

太田文雄

【第990回】米の中国軍事力報告書と我が国の対応

太田文雄 / 2022.12.05 (月)


国基研評議員兼企画委員 太田文雄

 

 11月29日、米国防総省が中国の軍事力に関する年次報告書を公表した。我が国における防衛論議との関係から、特に注目すべきだと思われる核戦力の増強および海軍・海警の一体化の2点を取り上げたい。

 ●核戦力の増強
 内外メディアが報じたように、報告書は中国の核弾頭配備数が現在の400発強から2035年までに1500発に増えると予想している。そうした急速な核戦力増強を予想する理由を今回初めて明らかにし、①敵の第一撃の「抑止」と抑止に失敗した場合の「反撃」という戦略上の必要がある②核弾頭の材料となるプルトニウムや、濃縮ウラン、トリチウムの増産体制が整っている―と説明した。
 海洋における核戦力に関しては、晋級の戦略原子力潜水艦(SSBN)に新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)JL3が搭載される可能性を示唆した。従来のJL2の射程が約8000キロであるのに対し、JL3は約1万2000キロだ。JL3が搭載されれば、中国は原潜を太平洋中部に展開しなくても内海である渤海や南シナ海から米本土を射程に収めることができるので、静粛性に乏しい中国の戦略原潜にとっては極めて有利で、西側にとっては厄介なことになってくる。
 中国の核兵器は「先制不使用」で、日本のような非核保有国に向いていないと高をくくっている人は、考えを改めた方が良い。中国人民解放軍の退役軍人で構成する軍事サイト「六軍とう略」が6月28日に「日本が中国の台湾統一を妨げるなら、核先制不使用政策の例外として日本を核攻撃する」と解説した動画を配信し、中国当局はこれを削除せず、黙認している事実を知るべきであろう。
 中国に加えて、戦術核運用部隊の訓練を繰り返す北朝鮮や、ウクライナに核使用の恫喝を加えるロシアに取り囲まれている我が国は、非核三原則を固守したままで良いのか。

 ●海軍と海警の一体化
 今回の報告書には、中国海軍に在籍していた江島級コルベット艦が22隻、中国海警に移管されたことが記載されている。先月、我が国固有の領土である尖閣諸島の領海内に初めて76ミリ砲を搭載した海警船が侵入したと報じられたが、これが江島級コルベット艦である。2018年の法改正により中国海警は軍の支配下にある。
 我が国でも2013年に防衛省が、除籍後の護衛艦を海上保安庁に提供する提案を行ったが、海保は断った。エンジン、武器、指揮・統制・通信システムが全く異なる護衛艦を海保が引き受けても、整備費用がかさむばかりというのが理由であったが、根底には「海保は軍機能を有しない」とする海上保安庁法25条があったのだろう。
 北大西洋条約機構(NATO)の防衛費には沿岸警備隊の予算が含まれるが、沿岸警備隊に軍機能のあることが条件となっている。一方我が国では、海保が軍機能を有しないにもかかわらず、財務省主導で防衛予算の中に海保経費を含めようとする動きが顕在化している。
 中国が海軍と海警の一体化を進める中で、我が国は海保を防衛予算の水増しに利用するだけで、海保に軍機能を持たせる方向に議論を向けないで良いのか。(了)

 

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第269回 米国防総省が中国軍事力年次報告書を発表

注目すべきは2035年までに1500発の核弾頭ばかりではない。潜水艦に長距離ミサイルJL3搭載で南シナ海等から米本土まで狙える。加えて海軍艦艇22隻が中国海警へ移管。つまり76ミリ砲が尖閣に向けられる。迎える海保は庁法25条の呪縛のまま。日本はこのままでいいのか。