国基研副理事長 田久保忠衛
昨年12月に国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)の訪印団の一員としてニューデリーを訪れた私の関心は、インドが安全保障上、何を「脅威」と考えているかを確かめることであった。
シブシャンカル・メノン首相補佐官(国家安全保障担当)やガウタム・バンバワリ外務省東アジア局長ら政府当局者は、温家宝中国首相の訪印と重なったこともあって直接「脅威」を口にしなかったが、研究者、評論家、学者の間で「脅威」と言えば、「国際テロ絡みのパキスタン」と「中国」に決まっていた。
米軍アフガン撤収後にテロ激化か
この両者は別個の脅威ではなくて、密接に関連し合っている。インドとパキスタンがカシミールをめぐっていかなる対立を続けてきたかは説明するまでもないが、2008年11月にはインド最大都市ムンバイで166人が殺害され、304人が負傷する陰惨な事件が発生している。武装グループ10人はパキスタンの非合法イスラム過激組織「ラシュカレトイバ」だといわれる。
インドで会った知識人がおしなべて不安を抱いているのは、今年7月から始まり2014年に完了する予定のアフガニスタンにおける米戦闘部隊の撤収計画だ。パキスタンの政情不安がアフガニスタンのタリバン勢力に有利に働き、パキスタンの「タリバン化」が進んだ場合に、インドは非常事態に置かれるというのである。
中国が朝パに核技術提供
中国はインドの目にどのような枠割を演じてきたと映じているのであろうか。インディアン・エクスプレス紙の戦略問題担当編集長ラジャ・モハン氏は、中国が北朝鮮とパキスタンに核のノウハウを流し、「核のバランス・オブ・パワー」を操作していると明言していた。日本とインドを牽制する戦略的意図があるとの指摘は他の専門家からもなされた。
米国でも著名な核問題専門家トマス・リード、ダニー・スチルマン両氏が書いた「核の急行便」には、中国が1982年から一部イスラムおよび社会主義国に核拡散を積極的に進めることを決め、科学者を教育して技術移転を進めているとのいきさつが詳述されている。パキスタンの核物理学者カーン博士が何をしたかを辿れば、インドの懸念は裏付けられよう。
北朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と名指ししたのはブッシュ前米大統領だが、インドの戦略家の1人は「北朝鮮、パキスタン、中国」に同じ名称を与えていた。日本の緊張感のなさとは比べものにならないが、どちらが異常なのだろうか。(了)
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第71回:インドが警戒する新「悪の枢軸」(田久保忠衛)