ドイツのメルケル首相の携帯電話が米国家安全保障局(NSA)によって盗聴された疑いが明るみに出たのは10月下旬だ。米国とドイツは同盟国だから、来年初めにも両国間でスパイ禁止協定を締結する方向に向かっていると伝えられる(フランクフルター・アルゲマイネ紙11月3日付)が、ドイツの世論が簡単に収まるか心配だ。
ドイツ公共テレビARDが11月7日に発表した世論調査結果によると、「米国をパートナー国として信頼できない」と答えたドイツ人は61%に上ってしまった。「信頼できる」は35%で、前年同月より14ポイントも下落している。報道によると、米国のスパイ部署は2010年の時点でパリ、マドリード、ローマ、プラハ、ジュネーブ、フランクフルトなど80カ所あるというから、関係諸国の不信感を元に戻すのは容易なことではないだろう。
●簡単に問えない盗聴の善悪
盗聴がいいのか悪いのかと問われれば、悪いに決まっている。しかし、この上なく信義を重んずる個人間の関係で、国益がかかっている国家関係を割り切れるかどうかは疑問だ。メルケル首相は「友人間のスパイ行為はあってはならない」と怒っているが、友好国間でも国の安全保障に関する限り神経質になるのは当然だ。
クラッパー米国家情報長官が10月29日の下院情報特別委員会で、①指導者の意図を収集・分析するのは情報機関の基本的な仕事だ②同盟国も米指導者を盗聴している―と指摘したことに注意を払うべきではないか。国際情勢の分析に当たって個人と国家の区別をしたものが少なく、国家として本格的な情報機関を持たない日本人には、盗聴の善悪を問う一次方程式以外の議論は存在しない。これも異常だ。
●国家関係の裏街道
情報がどこから流れているかは、今回の盗聴報道で活躍したのが英ガーディアン紙やドイツの週刊誌シュピーゲルであることを見れば明らかだ。5月20日にラップトップコンピューター4台を持って香港へ、そこからモスクワに飛んでロシアに亡命した米中央情報局(CIA)元職員エドワード・スノーデンが利用してきたメディアである。
スノーデンには内部告発サイト「ウィキリークス」で働くサラー・ハリソンという女性が付き添っている。情報は小出しにされながら、この種のニュースが飛び交う状況は今後も続くと見なければならない。高度に暗号化された上で、パスワードがなければ分からない秘密を中国とロシアが既に読んでいないか、国家関係の裏街道に日本だけが目を塞ぐわけにはいかない。いい教訓かもしれない。(了)