公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第272回】中国がまい進する金融覇権主義の道

湯浅博 / 2014.11.10 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 湯浅博

 

 中国が脚本、演出から主役まで独占する「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)が、どうやら危険な船出をするようだ。今年10月に北京で、20カ国以上の参加国が設立に向けて基本合意をした。アジア地域で実績のある日本主導のアジア開発銀行(ADB、本部マニラ)に対抗し、中国主導でインフラの整備に乗り出した。
 アジア各国が躍進する中進国として建設資金を欲しいのは分かる。しかし、新銀行の本部は北京に置かれ、総裁ポストも中国が取り、融資の裁量権まで中国に握られる。中国の政治的意図が経済的意図を超える余地があり、参加国は「中華世界の磁場」に引き込まれる覚悟が必要であろう。南シナ海で中国と領有権を争うベトナム、フィリピン両国の参加は先行き不安が残る。

 ●アジアインフラ銀行への懸念
 インフラ銀行の構想は、習近平中国国家主席が2013年10月の東南アジア歴訪に際して初めて提唱した。中国としては、過剰生産で行き詰まる国有企業に海外のインフラ整備という新たな発展の場を提供できる。また、膨れ上がった外貨準備の活用になり、通貨・元の流通拡大にも利用できる。新銀行の出資比率は国内総生産(GDP)に応じて決められ、中国が設立資金の半分を出資する。出資金の多寡は発言力に直結するから、中国の恣意的な融資が可能になる。中国が意図すれば、融資対象国を借金づけにして、国政をコントロールすることさえ論理的には可能である。
 インフラ銀行は融資対象国の内政に干渉せず、政治的条件を付けず、人権尊重も要求しない。従って、世界銀行(本部ワシントン)やアジア開銀に拒否された怪しげな事業融資の「駆け込み寺」になりやすく、その分、資金が焦げ付いたときのリスクは大きい。それでも、他国を巻き込んで融資資金を増やせば、万一の場合のリスクは分散できよう。
 米国の同盟国である日本、オーストラリア、韓国が参加を見送ったのは、安全保障上からも妥当な選択であった。参加国は政治と経済の二重のリスクがあることを覚悟し、中国が試みる非民主主義国へ融資は阻止すべきである。焦げ付いて被害を受けるのは、それぞれの国民だからだ。

 ●勢力圏を着実に拡大
 中国は先にブラジル、ロシア、インド、南アフリカの新興5大国(いわゆるBRICS)を主導して、世銀と競合する「新開発銀行」創設を決めている。さらに、北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)開催に合わせて、中央アジアへ伸びるシルクロード経済圏構想の実現にも踏み出した。中国が独自に400億ドル(約4兆6000億円)の「シルクロード基金」を創設し、対象国のインフラ整備を表明したのだ。
 中国はその豊富な資金力で札びらを切り、勢力圏を着実に拡大している。通貨・金融の国際化は、軍事力や貿易の拡大と並んで新しい覇権国家の条件であり、中国がその条件を整えようとしている。(了)