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冨山泰

【第314回・特別版】中国を仮想敵国と見なした米軍事戦略

冨山泰 / 2015.07.06 (月)


国基研研究員兼企画委員 冨山泰

 

 米軍が中国を今や事実上の仮想敵国と見なしていることをこれほどあからさまに表明した公開文書は寡聞にして知らない。米統合参謀本部が7月1日に公表した「国家軍事戦略」は、中国など4カ国を「潜在的な敵性国家」と呼び、米国の「国家安全保障上の利益を脅かす行動をしている」と言い切った。

 ●「潜在的な敵性国家」
 4年ぶりの「国家軍事戦略」には注目すべき点が幾つかあった。
 第一に、軍事力を背景にウクライナのクリミアを併合したロシア、核・ミサイル技術の開発を進めるイランと北朝鮮に加え、南シナ海の埋め立てと軍事施設建設を強行した中国を「潜在的な敵性国家」と位置付けたことである。
 公表された米政府の公文書が「ならず者国家」の代表格であるイランや北朝鮮、冷戦後の欧州秩序を壊したロシアの3カ国と中国を同列に論じるのは、初めてと見られる。中国は南シナ海の埋め立てにより、重要なシーレーン(海上交通路)をまたいで軍事力を配置できるようになる、という米軍の懸念が表明されている。
「国家軍事戦略」はこれら4カ国を「リビジョニスト国家」とも呼んだ。国際秩序を覆すこと(リビジョン)を試み、国際規範に挑戦する国家という否定的な意味で使われている。
 第二に、「国家軍事戦略」は、米国が国家間の戦争に巻き込まれる蓋然性は「低いが、増している」との判断を示した。米軍は「敵性国家」が米国や同盟国を攻撃するのを抑止し、攻撃された場合は敵に目標を達成させず、敵を徹底的に打ち負かす、と述べている。
 これは、現在は北大西洋条約機構(NATO)に加盟する旧ソ連構成国のバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)や旧ソ連圏諸国(ポーランド、ルーマニア、ブルガリアなど)をロシアが侵略する場合や、米国と二国間同盟関係を結ぶ日本やフィリピンを中国が攻撃する場合には、同盟国と共に戦うという米軍制服組の決意を表明したものと受け取れる。ちなみに、旧ソ連構成国のウクライナはNATOに未加盟で、米国の同盟国とは言えない。

 ●日本に届くか米軍の警鐘
 「国家軍事戦略」は正規軍と非正規の武装勢力が混然として攻撃に加わる「ハイブリッド(混合)紛争」の可能性にも警告している。もともとはロシアが非正規勢力を装う武装部隊をウクライナに送った戦法を指して使われるようになった言葉だが、中国が漁民に偽装した人民解放軍兵士を尖閣諸島に上陸させるケースなどもこれに該当するだろう。
 中国に対する米軍制服組の危機感を、海外への軍事的関与に消極的なオバマ政権のホワイトハウスがどこまで共有しているのかは、はっきりしない。しかし、「国家軍事戦略」が鳴らした警鐘は、少なくとも政権首脳の耳には達したであろう。
 問題は太平洋を隔てた日本まで警鐘が届くかどうかである。国会で審議中の平和安全法制が憲法違反だと騒ぐ大半の野党議員には、米中の軍事的緊張の実態をいくら説明しても、理解の限度を超えているだろうか。(了)