政府・与党は、環太平洋経済連携協定(TPP)の承認案と関連法案の今国会での成立を断念した。日米両国を中心とする高度な自由主義経済秩序の構築という戦略的に重要な課題の実現を先導するのは、日本の責任でもあった。成立先送りは痛恨の一事である。
●痛恨の法案成立先送り
TPP審議中の衆院特別委員会で、野党の民進党は、TPPよりも4月半ばに続発した熊本地震への対応を優先せよと主張。政府・与党は、6月1日までの今国会を延長しても野党の協力を期待できないと判断し、7月の参院選への悪影響も考えて、法案成立の先送りを決めたという。秋の国会での成立を目指すそうだ。
TPPを早期に承認する重要性を、果たして与党は十分に理解しているのか。ある自民党有力議員は懇意の大学教授に対し、米議会でTPP実施法案が審議されるのは早くてもレームダック期間(11月8日の大統領選・議会選投票日から来年1月3日の新議会開会まで)だから、日本が急ぐ必要はないと語ったという。
確かに米国では、上下両院の多数を握る野党共和党の議会指導部が有権者の批判を恐れ、選挙前の実施法案審議入りのめどが立っていない。大統領選の有力候補の間でも、共和党で先行するドナルド・トランプ氏がTPPを「最悪」と酷評。民主党最有力のヒラリー・クリントン氏も「現時点で承知する限り(TPPに)賛成できない」と主張し、オバマ政権1期目に国務長官としてTPPを推進したのを忘れたかのようだ。
●中国牽制の戦略的意味
しかし、米国がTPP承認でもたついている今こそ、日本はリーダーシップを発揮すべきだ。TPPは、日米主体の自由主義秩序を強化し、中国中心の新国際秩序づくりを牽制する戦略的枠組みなのである。中国は、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設や、欧州方面へ陸上と海上の二つの経済圏を建設する「一帯一路」構想などを通じて、新たな国際経済秩序の構築を急いでいる。日本は他の自由主義諸国を安全保障面でリードする力がない分、政治・経済面でより積極的かつ主導的役割を果たすべきである。
さらに、日本の国会が先行承認することで、米議会のTPPへの消極姿勢を前向きに変える力にならなければならない。TPPの承認で、日本が自由主義陣営の決意を示すことが大事なのである。
民進党の岡田克也代表は北海道での衆院補欠選挙応援演説で、TPP承認案と関連法案の成立先送りについて、「今国会で彼ら(政府・与党)が一番やりたかったことを先送りさせた。野党各党と、それを支えてくれた国民の勝利だ」と宣言した。だが民主党時代、岡田氏もTPP反対論ではなかったはずだ。信念を曲げて、国益より党利党略に走ることは許されない。(了)