英国の欧州連合(EU)離脱の是非について、国際情勢の客観的分析者であれば価値判断を軽率に下すべきではないと考える。離脱に票を入れた52%の英国人は愚鈍な人たちなのだろうか。良い悪いは別にして、国際秩序はこのような形でいつの間にか新しい局面を迎えるものだと私は見ている。
●民主主義国に共通する国民の不満
注目すべき点の第一は、第2次大戦の反動から国連、EU、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、北大西洋条約機構(NATO)などをつくり、政治、経済、安全保障、文化を含むあらゆる国際問題を超国家的機関で解決しようとした考えにブレーキがかかったことだ。
EU離脱派の人々は、EUが国家主権を侵害していると怒った。ウェストミンスター(英議会)の決定事項をブリュッセル(EU官僚)が無視するとの不満はごく自然の感情ではないか。移民・難民問題への対処が好例だ。
第二は、米欧の民主主義国全体に共通した現象が存在することだ。米国で最高の知識人の1人と言っていいリチャード・ハース外交問題評議会会長が6月19日付読売新聞「地球を読む」に寄稿している。ハース氏は、①誰にでも上昇のチャンスはあるというアメリカン・ドリームは機会の減少に取って代わられた②自由貿易は米国の戦略的立場を強化してきたが、今や雇用喪失の責めを負わされ、支持を失いつつある③多くの米国民は外国への関与に白けている④人々は米国と共に負担すべきものを負担しない同盟国に不満を抱いている―と書いた。
この指摘は、共和党大統領候補に指名されることが事実上確定したドナルド・トランプ氏の「暴言」と似通っており、欧州諸国の当面する問題と同じではないか。一般の人々は、指導力に欠けた政府と、その恩恵で生活をしているエスタブリッシュメント(既成支配層)に強い反感を抱く。
第三は、NATOの役割に変化が生じたことである。初代NATO事務総長で英国の戦略家だったイズメイ卿は「米国を引き入れ、ドイツを押さえつけ、ソ連を排除するのがNATOの目的だ」と述べた。が、今の組織に米国は不満を抱き、ドイツは既にEU一の大国に発展してしまった。仮定だが、英国からスコットランド、次いで北アイルランドが独立した時に、NATOの重要な一員であるこの国の軍事力はどれだけ期待できるのか。
●時は全体主義国に有利に?
EU離脱に賛成し、移民・難民を排斥する英国独立党、フランスの国民戦線、「ドイツのための選択肢」、ナチの流れをくむオーストリア自由党などは、英国の離脱派勝利に大歓声を送った。NATOは近く首脳会議を開いて団結を誇示するが、実態はどうか。「内向き」の民主主義国と、現状を力で変更するのも平気な「外向き」の全体主義国の関係は、期せずして前者が不利に、後者が有利になるのか。(了)