公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

冨山泰

【第402回】米国の指導力後退を補う日本の役割

冨山泰 / 2016.10.17 (月)


国基研研究員兼企画委員 冨山泰

 

 投票まで残り3週間となった米大統領選挙で、主要2候補が醜い人格攻撃に明け暮れる中、アジア太平洋地域では米国の指導力が目に見えて衰えている。その隙を突いて中国が影響力を拡大する憂慮すべき状況も生まれている。
 
 ●中比関係が好転
 米国の指導力の衰えは、同盟国フィリピンのドゥテルテ大統領の造反に顕著である。アジアの同盟国との軍事協力強化は、オバマ米大統領の看板外交の一つ、アジア重視の「リバランス」(再均衡)政策の柱だ。しかし、6月に就任したドゥテルテ大統領は、麻薬密売人の超法規的殺害などを人権侵害だとする米国の批判に反発。オバマ大統領を下品な言葉で罵倒するとともに、フィリピン南部ミンダナオ島でイスラム過激派掃討作戦を支援している米軍特殊部隊の撤退を要求し、米比合同軍演習の打ち切りを表明し、南シナ海での米軍との合同パトロールも中断した。
 対米関係の冷え込みと反比例して好転しているのが、対中関係だ。ドゥテルテ大統領は、南シナ海での中国の主権主張を否定した7月の国際仲裁裁判所の裁定を盾にして中国と対決するつもりはないようだ。10月18~21日の訪中前には、中国がフィリピンのインフラ整備への協力を約束し、南シナ海の係争地スカボロー礁周辺海域でのフィリピン漁船の操業再開を受け入れるなら、フィリピンは中国に同礁の実効支配を継続させるという、中国が小躍りして喜ぶ取引さえささやかれた。
 ドゥテルテ大統領は訪中直後の25~27日に日本を訪れる。南シナ海での政治力学の変化を押しとどめることができる政治指導者は現時点で安倍晋三首相しかいないが、安倍首相と外務省に、フィリピンを日米の陣営につなぎ止める秘策はあるのか。

 ●TPPの戦略的意義
 リバランス政策の経済面での柱は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)だ。協定が発効しなければ、日米主導の太平洋自由経済圏構想は挫折する。TPPは21世紀のアジア太平洋秩序構築の主導権を日米陣営と中国のどちらが握るかを左右する戦略的な取り決めであり、私たちは敗れてはならない。
 米大統領選のクリントン民主党、トランプ共和党両候補はTPP反対論を展開するが、あきらめてはならない。共和党大統領予備選に最後までとどまったケーシック・オハイオ州知事は「TPP不承認は世界の指導国としての米国の役割を危うくする」と米紙に寄稿した。超党派の歴代の国防長官や国務長官もTPP支持を明らかにしている。
 しかし、翻って日本ではどうか。野党民進党の有力政治家からTPPの戦略的意義を語る言葉がほとんど聞かれないのはどうしたことか。国会ではTPP承認案と関連法案の審議が始まった。政府はTPPの戦略的意義を正確に発信し、日本が率先してTPPを承認することで、オバマ政権に死力を尽くして米議会でのTPP実施法案の採択を実現するよう迫るべきだ。(了)