いささか早とちりになるかもしれないが、米大統領選挙後の国際情勢は、恐らく戦後最大の混乱期に突入するだろうと予想する。
●期待できない米のリーダーシップ
一つは、ウソ、信頼の裏切り、秘密の暴露など個人が持つ非道徳性を洗いざらいに出し合った2人の大統領候補の1人がホワイトハウス入りするのだ。新大統領は自分の党すらまとめられない上に、民主、共和両党間の深い怨念を残したまま、政争の泥仕合が続くだろう。新大統領が国際的指導性だけは発揮できるとは思えない。第2次大戦後、曲がりなりにも示してきた米国の道義性が一時的にも地に落ちた結果は、同盟国、友好国との関係にこれから波及していく。
具体的には、クリミア半島を軍事制圧下で併合し、シリアに空爆を加え、地中海に空母を派遣し始めたロシアの脅威の前に、北大西洋条約機構(NATO)はどれだけの結束を固めることができるのだろうか。東シナ海、南シナ海への中国の進出を前に、カンボジアなど一部の国を別にすれば団結を保ってきたかに見えた東南アジア諸国連合(ASEAN)にも、フィリピン、マレーシア、インドネシアなどに対中宥和とも解される動きが目立ってきた。
●揺らぐグローバリゼーション
もう一つは、戦後に確立したかに思われたグローバリゼーションのシステムに、強烈な衝撃が加わりつつある事実だ。米国に発生した「トランプ現象」と、欧州で問題化した英国による欧州連合(EU)離脱の決定である。
これについては、ハビエル・ソラナ元EU共通外交・安全保障政策上級代表(元スペイン外相)とストローブ・タルボット元米国務副長官(ブルッキングズ研究所所長)が10月20日付ニューヨーク・タイムズ紙に見事な解説を書いている。2008年のリーマン・ショックが米欧の経済に与えた痛烈な打撃、国際テロの増大、貧困と戦争による移民・難民の急増が戦後のシステムを揺るがし、それを支えてきた政権とその周辺に対する異常な反感を生むに至ったとの指摘だ。
米評論家ファリード・ザカリア氏が外交誌フォーリン・アフェアーズ11~12月号に書いた「行進するポピュリズム」と題する一文も、軌を同じくしている。
英国、フランス、ドイツ、オランダ、ポーランドなどで活動を始めている大衆迎合的な右翼政党はいずれも反EU、反移民であり、グローバリズムに真っ向から反対している。そういえば、米大統領選のトランプ共和党候補は最初から環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に反対だった。クリントン民主党候補も繰り返し反対を唱えてきた。
グローバリゼーションを再稼働させるため最も必要な米国のリーダーシップにいま疑問が呈され、ユーラシア大陸で覇を唱える中露両国を結果的に助けている局面が登場してきたのだ。(了)