公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

湯浅博

【第406回】トランプ氏説得の重責担う安倍首相

湯浅博 / 2016.11.14 (月)


国基研企画委員・産経新聞特別記者 湯浅博

 

 米国の次期大統領に決まったドナルド・トランプ氏の世界観や戦略観がいまだに分からない。公約通りに偏狭な米国第一主義を貫けば、東アジアでは「米国離れ」が進み、情勢は不安定化するだろう。もちろん、米国のプレゼンス低下は、中国が地域覇権を固めることに直結する。
 安倍晋三首相の素早い対応は、米国を孤立主義への傾斜から引き戻す一定の役割を果たすだろう。17日の安倍首相とトランプ氏のニューヨーク会談では、安全保障、経済の両面で、お互いに国益の「品揃え」を示して妥協点を探る。これは、全てを「取引」の観点からみるトランプ氏の流儀にも合致する。

 ●世界の安定に不可欠な米国の力
 トランプ氏の品揃えは、レトリックが先行して一貫性がない。3月に日韓の核武装を容認する発言をしたかと思えば、後に「彼らは自衛する必要があり、核兵器は彼らの選択肢の一つだが、(トランプ氏は)核保有を支持するものではない」(陣営スポークスマン)と立場を修正した。安倍首相との電話会談では、一転して「日米の特別な関係をさらに強化する」と述べた。大統領職は人を変えるから、不動産王のトランプ氏が取引次第で立場を変えることはあり得るだろう。
 ニューヨーク会談で安倍首相は、国際社会の安定のためには、依然として米国の力が必須であることを強調しよう。また、米国が力を発揮するためには日米同盟が不可欠であり、南シナ海、東シナ海の沿岸諸国と利益の共有を図らないと、中国に分断される危険をそれとなく注意喚起するだろう。
 トランプ陣営の政策顧問2人が外交誌フォーリン・ポリシーに寄稿した論文は、オバマ外交の「アジア回帰」路線を「大声で話して、小さなこん棒しか振るわない」と切り捨てている。トランプ政権では逆に、中国による沿岸諸国への圧力に対抗すると論じた。ところが、その延長線で同盟国の経費負担を増やすよう交渉するとも書いていた。
 日本は米軍駐留経費の75%を支払っており、これ以上増額すれば、米軍はあたかも日本の傭兵のような地位に成り下がる。それを不満として、在日米軍がハワイや米本土に撤収すれば、西太平洋で米国の利益を守るコストは高くつく。そうした実態を踏まえ、安倍首相は日米同盟の「双務性」向上が必要であり、日本の憲法改正が不可欠になることも伝えるべきであろう。

 ●TPP挫折なら中国の経済覇権に道
 トランプ氏は経済利益を安保のために犠牲にしたくないようだ。安倍首相は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)が米国の利益にかなうことを説得しなければならない。米国がTPPを批准できなければ、別の多国間の枠組みである東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が現実味を帯びてくることを率直に語るべきだろう。
 TPPでは中国が除かれているが、RCEPでは逆に米国が除かれる。RCEPが先行すれば、米国は中国にアジア太平洋の経済覇権を明け渡すことになる。果たしてこれが、トランプ氏にとり良い取引なのだろうか。(了)