平成29年版の防衛白書が公表された。読んでみて、第一部の「わが国を取り巻く安全保障環境」と第二部の「わが国の安全保障・防衛政策と日米同盟」が乖離しているという印象を受けた。
●グレーゾーンへの備えは十分か
第一部では第1章の「概観」で「(純然たる平時でも有事でもない)グレーゾーンの事態が増加・長期化」と明記され、第2章第4節の「ロシア」でも、民間人の服装をした特殊部隊により領土拡張を図る「ハイブリッド戦」についての記述がある。
しかしながら、第二部ではグレーゾーンの事態に対処する治安出動や海上警備行動の発令手続き迅速化が閣議決定されたことについての記述はあるものの、旧態依然として「武力攻撃の発生」に起因する処置の流れを図で示すフローチャートや、各自衛隊が敵の正規軍と対戦する挿絵が描かれている。わが国への武力攻撃が発生すれば、米軍の即刻関与により攻撃側に勝ち目がないので、挿絵のような事態が発生する可能性は極めて低い。むしろ武力攻撃に至らない範囲で海上民兵や公船により既成事実の積み重ねが試みられる可能性が高いのに、それに備えて海上保安庁や警察と自衛隊が切れ目なし(シームレス)に連携して対処していく具体策の記述がない。
●情勢分析に欠陥あり
数年前から防衛白書では宇宙・サイバー空間に関する記述が増えており、第一部でも各国の動向に関する記述がなされている点は評価すべきであるが、宇宙・サイバー戦の特質に関する分析が欠落している。筆者の分析では、両者とも攻撃側が圧倒的に有利な戦いである。
今月2日の米インターネット新聞ワシントン・フリービーコンは、中国が最近、対衛星ミサイルDN3による衛星攻撃実験を行ったと報じたが、衛星攻撃を防ぐには軌道修正や衛星の堅牢化など費用対効果が低い対策しかなく、攻撃側が断然有利である。サイバー攻撃も、コンピューターを動かすための基本ソフト(OS)から通信回線のいろいろな場所に多様な攻撃が加えられ、その一つでも成功すれば良いのに対し、防御側は全てに対策を施さねばならない。従って、宇宙・サイバー空間の戦いが同時並行する現代戦において、日本が国是とする「専守防衛」は機能し得ないことになる。
北朝鮮の「新たな段階の脅威」(防衛白書)に関しても、弾道ミサイルの飽和攻撃(相手の迎撃能力を上回る攻撃)能力や奇襲能力の向上で、専守防衛に基づくミサイル防衛だけの政策は限界に達しつつあるのに、それに関する記述はない。
最後に、1月に中国が内モンゴル自治区に設置した超水平線(OTH)レーダーについての記述がないのは何故か(中国メディアは米軍岩国基地配備のステルス戦闘機F35Bの飛行も探知可能と報じている)。中国内陸部の航空機が探知されるとの理由で迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)の在韓米軍への配備に強硬に反対している中国の身勝手さを浮き彫りにできるのに。
防衛白書には政策に結びつく情勢の特性や意味合いの分析を期待し、政府にはその分析を反映した適切な政策変更を望みたい。(了)