朝鮮労働党創建記念日である10月10日に、北朝鮮はミサイル発射や核実験など軍事挑発を行わなかった。しかし、金正恩政権は米本土まで届く核ミサイル保有に向けて邁進する姿勢を変えていないので、米朝の軍事的緊張が一層高まっていくことは間違いない。記念日に先立つ党幹部人事で明らかになったのは、北朝鮮内部で対米強硬路線に対する不安、動揺が出ており、それを暴力による統制で必死に押さえている金正恩政権の姿だ。
●政権支える老幹部を起用
10月7日に労働党中央委員会第7期第2回総会が開かれた。そこで注目すべきことは、金正恩の報告と党幹部人事だった。朝鮮中央通信は金正恩の報告について詳しく報じたが、そこに次の1節があった。朝鮮語から直訳する。「朝鮮労働党委員長同志(金正恩)におかれては党の(経済建設と核武力建設の)並進路線を継続して徹底的に貫徹し、国家核武力の建設の歴史的大業を光り輝かせて完遂することについて言及なさった」。核ミサイル開発を継続するという宣言であり、現段階ではまだ「完遂」していないことも明らかにしている。
党幹部人事では金正恩の妹、与正が政治局員候補に昇格したことが大きく報じられたが、それよりも趙然俊組織指導部第1副部長を党中央委検閲委員会委員長に任命したことに注目すべきだ。検閲委員会は、党、政府、軍、治安機関の幹部はもちろん、一般国民も含む誰に対しても「検閲」を行う権限を持つ。誰でも「政治犯」として処刑したり収容所送りにしたりすることができる恐怖の機関だ。
趙然俊は現在80歳の老幹部だ。金正恩の叔父、張成沢の処刑を主導したといわれ、金正恩政権を影で動かす人物とされてきた。金正日の側近として組織指導部副部長を長く勤め、金正恩政権になって、同部第1副部長、政治局員候補となった。
金正恩政権は発足当初、①血縁幹部の張成沢・金慶喜夫婦②「あの世からの使者」とよばれた幹部粛清の実行者、金元弘国家保衛部長③前代の金正日政権を陰で支えた組織指導部―の三つの柱に支えられていた。ただし、これらはすべて父の金正日から引き継いだものだから、金正恩が自分の独裁政権を完成するためには①~③を全部入れ替える必要があった。結果として現在は、金正恩を支える血縁幹部は経験不足の与正だけ、金元弘は組織指導部との権力闘争に敗れて更迭され、残る組織指導部の老幹部が金正恩を支える形になっている。
●国内の動揺反映か
組織指導部の特徴は国内の統制だけを担当して国際感覚が無いことだ。その最高幹部が今回、検閲委員長になって表に出てきた。国内の動揺が大きいことを反映しているのではないか。米国と一戦辞さずのチキンレースを続けながら、中国とも敵対する金正恩政権と心中したくないと考えている幹部は多い。米朝の軍事緊張が高まれば、金正恩を除去して生き残ろうとする勢力が内部から出てくるかもしれない。趙然俊の検閲委員長就任はそのような金正恩の危機感の表れと解釈できる。(敬称略)