公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

太田文雄

【第523回】「米国は矛、日本は盾」から脱却せよ

太田文雄 / 2018.06.25 (月)


国基研企画委員 太田文雄

 

 トランプ米大統領は米朝首脳会談後の記者会見で、米韓合同軍事演習を「金がかかる」「挑発的」との理由で中止すると表明した。将来的には、在韓米軍の撤退を望んでいるとさえ言った。発表された米朝共同宣言は北朝鮮ではなく朝鮮半島の非核化をうたっており、韓国には核がないことから、米国が韓国に提供している拡大抑止(核抑止)が禁止対象になる可能性もある。
 今回、トランプ大統領は金正恩氏を「非常に有能」と持ち上げた。昨年、トランプ大統領はフロリダに中国の習近平国家主席を迎えた後、「とても良い人だ」と褒めていた。この二つを考え合わせると、日米合同軍事演習も米韓演習と同様の理由で取りやめとなる可能性がなきにしもあらずだ。これまで付き合ってきた多くの米軍人の言動からは予想し難いが、最高指揮官の意向を無視できないことは、今回の事例でも明らかだ。
 従来、日本は専守防衛政策の下、矛(核抑止と打撃力)を米国に頼り、自らは盾(防衛)の役割を担当、合わせて日本の国防を完結することを目指して軍事演習を行ってきた。しかし、一方的な米側からの演習中止通告を視野に、日本も打撃力を備えるべき時が来ているのではないか。

 ●国防力強化の好機
 トランプ大統領の予測不能な言動は災いだけではなくチャンスでもある。歴代の米国大統領は日本の軽武装を是としてきたが、トランプ大統領は北大西洋条約機構(NATO)諸国のうち国内総生産(GDP)の2%以下の国防費しか負担していないドイツ等をたびたび批判している。防衛費がGDP1%以下の日本にトランプ大統領が不満を述べるのは時間の問題であろう。
 聞くところによれば、北朝鮮問題でも「なぜ日韓で解決しないのか」と側近に不満を漏らしているという。現に昨年、日本上空を通過した北朝鮮の弾道ミサイルについて「日本はなぜ迎撃しなかったのか」と不平をこぼした。
 こうしたトランプ政権の下に米国があることは、考えようによっては日本が打撃力を保有する良きチャンスであろう。
 かつてカーター米大統領は、在韓米軍の撤退を選挙公約に掲げたものの、国内外の反対で諦めた。当時の韓国は強固な反共の朴正熙政権の下にあり、在韓米軍が撤退するなら核武装をする可能性があった。現在の左派文在寅政権は在韓米軍の撤退を歓迎するかもしれない。

 ●程遠い弾道ミサイル全廃
 米朝共同宣言は「朝鮮半島の完全な非核化」をうたったが、北朝鮮が持つと見られる生物・化学兵器については何も書いていない。弾道ミサイルについても記述がなく、「ミサイルエンジン試験場の閉鎖」が口約束されているに過ぎない。米国第一主義のトランプ大統領にしてみれば、米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄は大きな関心事だろうが、日本や韓国を狙う中短距離ミサイルについては米軍撤退後「金がかかるから日韓で解決しろ」ということになりかねない。日本は自ら備えなければとんでもないことになるのである。(了)