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西岡力

【第524回・特別版】最善シナリオでも中国の属国出現―朝鮮半島非核化

西岡力 / 2018.06.25 (月)


国基研企画委員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 私は6月12日の米朝首脳会談の結果を肯定的に見ている。共同声明でトランプは北朝鮮に「安全の保証」を与え、金正恩は「朝鮮半島の完全な非核化」を約束するという取引が成立したとみるからだ。私なりにこの取引を解説すれば、トランプは金正恩に対する斬首作戦(軍事攻撃)を、金正恩が完全な非核化を実行する間は控えるということだ。
 金正恩は昨年10月、本当に斬首作戦を怖がっていた。自身の所在情報が米軍に漏れていることに気づき、6年間政権を支えてきた党組織指導部の老幹部たちを疑い、更迭した。唯一信じられる妹の金与正に組織指導部が持っていた「1号行事」(金正恩参加行事)に関する権限、金正恩警護権限、党・政府・軍幹部人事権を与え、それに加えて粛清した叔父の張成沢が持っていた人民保安省(一般警察)と司法機関の統制権も与え、与正を実質的な第二権力者とした。

 ●北の目的は今も赤化統一
 トランプが金正恩を「有能」と褒めるのは、ここまで信頼してやっているというアピールの意味が込められている。その背後には、もし裏切ったら斬首作戦を実行するという脅しがあるのだ。
 だが、金正恩にとってもトランプとの取引はメリットがある。祖父の金日成以来の世襲独裁政権が人民を300万人以上餓死させながらも米国まで届く核ミサイルの開発を続けてきた目的は、韓国を赤化併呑することだった。米国と戦争をして勝つことではない。金日成は連邦制による南北統一の前提条件として、①「南朝鮮」の民主政府樹立、国家保安法廃止、共産党合法化②在韓米軍撤退、米韓同盟解消―を挙げてきた。①は文在寅政権の登場でほぼ実現した。
 トランプが金正恩に求めるのは、北朝鮮の自由化ではなく、核ミサイルの廃棄である。金正恩がそれを実行すれば、米国は北朝鮮と平和条約を結び、国交を正常化する。それが実現したら、左傾民族主義が支配する韓国では、国民の支持を得て米軍撤退、米韓同盟解消を実行するだろう。だから、金正恩はトランプにそれを求める必要がない。

 ●拉致解決を取引に組み込み
 トランプと金正恩の取引には、核ミサイル廃棄の見返りとして日本の経済支援が組み込まれ、安倍政権は拉致問題解決が支援の条件だと主張し、米朝取引を利用して拉致被害者を取り戻そうとしている。トランプが核ミサイル廃棄でも中途半端な譲歩をしてしまうというもっと悪いシナリオもあり得るが、トランプと金正恩の取引が成功して北朝鮮の非核化と拉致被害者の帰国が実現することが最善のシナリオだ。
 しかし、その場合でも、朝鮮半島に出現するのは、米韓同盟から離脱した金正恩支配下のグロテスクな南北連邦国家か、中国の衛星国だ。どちらにしても、韓国軍は日本と敵対する勢力の尖兵として対馬のすぐ先に出現する。これが取引成功のシナリオだという現実を日本は直視しなければならないのだ。(文中敬称略)