公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

島田洋一

【第525回】有害無益の拉致合同調査

島田洋一 / 2018.07.02 (月)


国基研企画委員・福井県立大学教授 島田洋一

 

 北朝鮮の独裁者が外交攻勢に出てきたのは、日米主導の「最大圧力」の結果、自身の生命の危険を実感したためである。今後、核爆弾の廃棄が完了するまで、制裁を緩めてはならない。日本の場合は加えて、拉致問題の解決がない限り、資金援助はもとより制裁解除もあり得ない。安倍晋三首相が主張する通りである。
 ところが、拉致問題は「日朝合同調査委員会」に委ね、国交正常化を優先させるべきだという案が再び公然と提唱されだした。提唱者には自民党の一部議員も含まれる。
 北朝鮮がウソ偽りなく全被害者を返すなら、北での調査など必要ない。そもそも、言論の自由がなく、すべてが捏造される国では、まともな聞き取り調査や証拠収集はあり得ない。にも拘らずそれを日本から言い出すのは、「調査の結果、死亡通告が出てきても構わない。それを受け入れ、日本世論の沈静化に協力する」とのメッセージを発しているに等しい。「日本は独自の情報を持っている。正直に全員を出せ」以外の立場は有害無益である。

 ●「非核化に10年」への疑問
 北朝鮮の非核化プロセスについても、危うい提案が米専門家から出てきた。5月28日に発表され、ニューヨーク・タイムズ電子版が同日報じたジークフリード・ヘッカー・スタンフォード大学教授らの非核化「ロードマップ」である。米国務省や日本の外務省も同案に注目していると聞く。
 ヘッカー氏によれば、第一段階として原子炉等の稼働停止に1年かかり(その間、核兵器やミサイルは現状維持)、第二段階として原子炉等の解体に2~5年かかる(その間、核兵器は申告および削減、ミサイルは申告および無力化)。最後に第三段階として核兵器とミサイルの廃棄に6~10年かかる。すなわち非核化全体では早くても10年、恐らく15年以上かかるという。
 しかし、核ミサイルの脅威を除去するという非核化の趣旨に従えば、まず核兵器そのものや中・長距離ミサイルの誘導装置など脅威の中核部分が海外に搬出されねばならない。いわゆるリビア方式の場合、独裁者カダフィ大佐が核放棄を正式表明してから、米軍の大型輸送機が中核部分を搬出するまで約1か月しかかかっていない。量的にリビアを遙かに凌ぐ北朝鮮の場合でも、北が本気で協力するなら数か月以内に完了できよう。

 ●ヘッカー案では北に騙される
 ヘッカー氏は、リビア方式は「降伏シナリオ」であり、北の独裁者金正恩氏が同意することはあり得ないと決め付ける。また、核兵器の安全な解体は実際に製造した北朝鮮技術者によって行われねばならず、海外搬出は「ナイーブかつ危険」だと退ける。仮にそうだとしても、それら技術者ともども海外に移してから作業すれば問題ないはずだが、それはヘッカー氏の念頭に浮かばないようだ。
 ヘッカー氏は、国の安全を確信できるまで北朝鮮が核兵器を放棄しないのは自明とし、「共存と相互依存」の実現がまず必要と主張する。すなわち制裁解除と貿易・投資の拡大が先というわけである。確実に北朝鮮に騙される案だといえよう。(了)