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冨山泰

【第522回】米大統領の「マネー・ファースト」に問題あり

冨山泰 / 2018.06.18 (月)


国基研企画委員兼研究員 冨山泰

 

 6月12日にシンガポールで行われた史上初の米朝首脳会談は合意内容があいまいで、これが北朝鮮の核・ミサイル廃棄と北東アジア情勢の安定につながるかどうかは、まだ分からない。ポンペオ米国務長官と北朝鮮側による追加交渉を待たねばならない。しかし、首脳会談の評価とは別に違和感を覚えたのは、これまで北朝鮮の軍事行動を抑止してきた米韓合同軍事演習を「カネの節約」のためとして中断したトランプ米大統領の「マネー・ファースト」の姿勢である。

 ●ほくそ笑む?中国
 トランプ大統領が北朝鮮の金正恩労働党委員長に与えた「安全の保証」が、北朝鮮の現体制の存続を保証したものなのか、それとも北朝鮮に対する軍事行動を当面行わないという保証にとどまるのか、解釈が分かれる。また、金正恩氏が確認した「朝鮮半島の完全な非核化」が北朝鮮の核兵器廃棄だけでなく、北朝鮮が要求する米軍の核抑止力の制限を含めているのかも、両首脳の共同声明でははっきりしない。
 合意の成果が不明瞭な中で、トランプ大統領は、非核化の詰めの交渉が進んでいる間は米韓合同演習を中断すると発表した。さらに、将来的には在韓米軍を撤退したいとさえ語った。
 米朝会談の結果に、中国はほくそ笑んでいるに違いない。北東アジア情勢が中国の思い通りに展開する素地が生まれたように見えるからだ。第一に、北朝鮮に対する米国の軍事攻撃が遠のき、米韓合同演習が中断されたのに加えて、在韓米軍の撤退や削減が検討されれば、北東アジアにおける米国の軍事的プレゼンスは後退する。第二に、北朝鮮の現体制の存続が保証されたとの解釈が正しければ、北朝鮮は韓国との緩衝国家として残るだけでなく、中国との政治、経済、安全保障上の関係を強め、事実上の属国になる可能性がある。アジアにおける米国の影響力を減らし、中国主導の地域秩序を構築するには、うってつけの国際環境と言える。

 ●「カネの節約」で米韓演習中断
 問題は、米韓合同演習の中断である。北朝鮮の公式報道によると、敵対的な軍事活動の中止を金正恩氏に求められ、トランプ大統領が即決した。米韓合同演習は「挑発的」という北朝鮮の主張を受け入れたのも気掛かりだが、トランプ大統領が会見で中断の一番の理由として「演習に非常にカネがかかる」ことを挙げたのは、商人根性丸出しで国家戦略を欠くと批判されても仕方がない。
 懸念される北東アジア情勢の大展開を前に、日本としては国防体制の強化に一層取り組むほかない。同時に、米国をアジアにとどめ、中国の影響力拡大を牽制するため、インド太平洋地域の主要民主主義国家である日米豪印4カ国の連携の具体化に着手することが求められる。(了)