公益財団法人 国家基本問題研究所
https://jinf.jp/

今週の直言

冨山泰

【第552回】誤解されかねない安倍首相の対中外交

冨山泰 / 2018.10.29 (月)


国基研企画委員兼研究員 冨山泰

 

 中国は今、トランプ米政権に仕掛けられた貿易戦争で苦境に立ち、習近平国家主席の威信をかけた勢力圏拡大構想「一帯一路」も「債務のわな」に対する援助対象国の警戒で失速気味だ。少数民族ウイグル人への迫害で国際的非難も強まっている。その中で、日本の首相として7年ぶりに中国を公式訪問した安倍晋三首相は、日中関係を「競争から協調へ」押し上げたいと習主席に表明し、関係改善をうたった。国際社会で孤立しつつある中国に救いの手を差し伸べたと諸外国に受け取られかねない外交である。

 ●「一帯一路」への協力?
 冷戦後の国際秩序が揺らぎ始めて久しい。自由、民主主義、市場経済、法の支配を重視する世界秩序の中心を占めてきた米国では、トランプ大統領が「米国第一」の主張を変えず、自由世界の先頭に立つ気はないように見える。一方、習主席は、自由世界の価値観と相いれない中国共産党の国内統制を強化しつつ、21世紀半ばまでに中国を世界最強の国家にする野望を公言し、米国に取って代わり世界の指導国となることを狙う。
 一帯一路は中国の勢力圏拡大の中核を担う構想だが、安倍首相は同構想と重なる形で、第三国でのインフラ投資における日中の企業間協力を推進することを打ち出した。経済的価値に疑問のある投資で中国企業だけが潤い、対象国は過大な債務に苦しむという一帯一路に伴う問題が今後は起きないように、「開放性、透明性、経済性、財政健全性」を日中協力の条件としている。しかし、それで中国の影響力拡大を防げるのか疑問が残る。
 米国は10月初め、開発途上国にインフラ投資を行う米企業への公的融資枠を従来の2倍の600億ドルに拡大する新しい政府系金融機関「国際開発金融公社」を新設する法律を制定し、中国の影響力拡大への巻き返しに乗り出した。日本がインフラ投資で協力する相手として優先すべきなのは、中国企業より米企業ではないのか。

 ●リスクヘッジに伴うリスク
 産経新聞によると、安倍首相は李克強中国首相との会談で「中国国内の人権状況について日本を含む国際社会が注視している」と伝えた。同紙は「ウイグル族への弾圧などを念頭に」と説明を付けているから、安倍首相は中国当局によるウイグル人100万人の強制収容という人権侵害に直接言及したのではなさそうだ。米欧はじめ国際社会がウイグル人迫害への批判を強めている折から、生ぬるい感じは否めない。最高指導者の習主席ではなく、ナンバー2の李首相に伝えたというのも、腰が引けている。
 しかし、安倍首相は今日の日本の政治家に珍しい戦略的思考の持ち主である。トランプ大統領が「予測不能」なために日米同盟の将来に不安を感じ、中国やロシアとの関係改善に保険をかけていると解釈できないことはない。ただ、それには相当のリスクを伴うはずだ。誤解を生みかねない外交である。(了)