公益財団法人 国家基本問題研究所
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今週の直言

西岡力

【第563回】正念場迎えた拉致被害者救出

西岡力 / 2018.12.17 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 北朝鮮による拉致被害者の救出は、「決戦」の時が近づいている。6月の米朝首脳会談でトランプ米大統領が北朝鮮の独裁者金正恩労働党委員長に拉致問題を直接提起し、安倍晋三首相が次は自分が金委員長と会って拉致問題を解決すると繰り返し発言するなど、今年は拉致をめぐる国際関係が激しく動いた。被害者救出に直接つながる具体的な動きをつくり出すことは残念ながらできていないが、北朝鮮は厳しい経済制裁の下、一部で餓死者が出るほどに追い込まれ、幹部や住民の間で金正恩政権への不満が高まっている。

 ●自力更生路線に不満持つ北住民
 独裁政権は追い込まれないと譲歩しない。そのことを正確に理解している安倍首相とボルトン国家安全保障担当補佐官が支えているので、トランプ大統領は金委員長を気に入っているなどと言いながらも、経済制裁を強化し続け、金委員長が核ミサイルを放棄する決断をしないなら物理的手段を使うこともあり得るという姿勢を取り続けている。
 家族会、救う会、拉致議連が14日に開催した国際セミナーに参加した脱北者の人権活動家、金聖玟(キム・ソンミン)氏が入手した北朝鮮内部資料によると、9月以降、金正恩政権は米国が制裁を緩めないことに気づき、「自力更生」と「自給自足」で経済危機を乗り越えよという政治宣伝を繰り返している。
 また、金聖玟氏が北朝鮮内部の通信員から最近聞いたところでは、住民は次のように語って不満を募らせている。
 「金日成、金正日から金正恩まで3代にかけ、半世紀を超えて自力更生、自給自足と言って生きてきたが、これ以上の自給自足とは、もう1回山に入って松の木の皮をはがし、草を抜いて、それを食えということと同じだ」

 ●全員帰国へ1度きりのチャンス
 トランプ政権は、北朝鮮への直接制裁に加え、北朝鮮と取引のある外国金融機関をドルの決済網から排除するという「2次制裁」を使って、中国や韓国が北朝鮮を支援することを効果的に抑えている。したがって時間は我々の味方だ。このままいけば、金正恩政権は餓死者の大量発生で極度の社会不安に見舞われる。それを逃れる道は、核ミサイルを放棄する決断をして、その代価に1兆円ともいわれる多額の支援を日本から獲得する道しかない。日本から支援を得るためには拉致問題を動かさざるを得ない。この構造ができている。
 しかし、金正恩委員長が父親の金正日総書記と同じく、生きている拉致被害者について「死亡した」と虚偽の報告をしてくる可能性はまだある。朝鮮労働党統一戦線部と日本の中のそれに呼応する勢力は、その形に持ち込むことを狙って今年、露骨な工作を展開した。米朝核交渉が動き、それに伴って日朝関係が動く時に、1回しかない機会を生かして、全被害者の一括帰国を金委員長に決断させることができるか、まさに正念場を迎えている。(了)