安倍晋三首相が北朝鮮の独裁者金正恩氏と「ただ会うだけでは意味がない」から「無条件で会う」へ表現を変えたことが、宥和姿勢への転換ではないかと一部に懸念を呼んでいる。しかし、安倍首相はトランプ米大統領を通じ、「拉致被害者は全部で13人、うち8人は死亡」という北朝鮮の従来の説明は受け入れられないことなど、対北朝鮮支援の「条件」を金正恩氏本人に伝えている。その「条件」をのむ決断ができれば北朝鮮は日朝首脳会談に応じてくるだろうし、できないなら応じてこない。「無条件」という言葉に外交的考慮以上の意味を読み込む必要はないだろう。
●「拉致問題にケリを」―米が正恩氏に迫る
筆者は5月初め、北朝鮮問題を担当する複数の米政府高官から、米朝協議の実態について話を聞いた。
これら高官によると、2月のハノイ首脳会談で、米側は「北朝鮮の本格的な経済発展に協力する用意がある。ただし二つの条件が満たされねばならない」と伝え、その条件として、①核兵器だけでなく化学、生物兵器を含むすべての大量破壊兵器とその運搬手段であるミサイルを全面廃棄すること②人権問題で真剣な改善が見られること―を挙げた。そして、「人権問題には、日本との拉致問題解決が含まれる。それがない限り、日本からの支援はあり得ない」と北朝鮮側に明確に告げたという。
拉致問題については、トランプ大統領がハノイ会談で最初に取り上げた際、金正恩氏は話題を変えようとし、答えなかった。そのため、次の会合でトランプ大統領が再び提起し、応答を迫ったところ、金正恩氏はもはや話題をそらすのは無理と判断したようで、その後「実質的な議論」(substantial discussion)が交わされた。米側は金正恩氏に対し、「あなたはこの問題にはっきりケリを付けねばならない」(You should finish the job)と念を押した。やりとりの詳細は安倍首相に報告してある、と高官は述べた。
ハノイ会談の直後から、トランプ大統領が拉致問題を「複数回取り上げた」との報道があったが、その経緯は以上のようなものだったわけである。
●日本の対北支援条件にブレなし
日本が北朝鮮を経済支援する条件をめぐり、安倍首相にブレはない。不必要に首相の軟化を疑う世論が広がるなら、北朝鮮をつけあがらせ、たとえ首脳会談が開かれても物別れに終わる可能性が高まる。
決裂に終わったハノイの米朝会談が好例である。あの時、米主流メディアなどに、「ロシアゲートで追い詰められたトランプ氏が、外交で得点を稼ごうと無原則な取引に走るのではないか」といった論調があふれていた。
北朝鮮がそうした報道を真に受けたことも、「一部核施設の閉鎖と引き換えに制裁のほぼ全面解除」という無理な要求を出してきた背景にあったと思われる。
日米両政府は、北朝鮮非核化へ向けて「国連制裁決議の完全履行が必要」との立場を変えていない。「交渉の呼び水としての経済支援」など北朝鮮を誤解させかねない行動は絶対にあってはならない。そこが確保された上でなら、外交的発言は柔軟であってよい。(了)