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【第634回・特別版】見せ掛けの進展を求めて対北圧力を緩めるな

西岡力 / 2019.11.18 (月)


国基研企画委員兼研究員・麗澤大学客員教授 西岡力

 

 「被害者も私たち家族も年を取ったが再会の決意は揺るがない。『子供たちを早く取り返していただきたい』という願いで一貫している。42年もたって解決しないことが本当に嘆かわしい。家族も高齢になり、いつまで帰国を待てるのか、と焦りがある」。横田めぐみさんが北朝鮮に拉致された日(11月15日)を前に母の早紀江さんが語った言葉だ。

 ●拉致被害者救出の枠組みはできた
 平成9年、めぐみさんの両親が他の拉致被害者家族と家族会を結成した時から22年以上、共に救出運動をしてきた立場から、拉致問題で目に見える進展がない現状は誠に苦しく辛い。しかし、私は家族会の皆さんに今年、「救出の国際的枠組みはできた。見せ掛けの進展を求めて、『全被害者の即時一括帰国』が実現するまで制裁を緩めず支援をしないという現在の姿勢を変えることがあってはいけない」と繰り返し語ってきた。
 北朝鮮を動かすには強い圧力を背景にした話し合いしかない。圧力には経済制裁と軍事的圧力の2種類がある。この二つは平成29年にほぼ最高度に強まり、その結果、30年から米朝協議が始まった。
 そこで、安倍政権と私たちはトランプ米政権に、米朝協議の議題に核ミサイル廃棄だけでなく拉致も載せるように必死で働き掛けた。トランプ大統領はシンガポールとハノイでの金正恩朝鮮労働党委員長との会談で、合計3回も拉致問題解決を迫った。トランプ氏は拉致被害者家族に2回会ってこの問題の深刻さをよく理解したが、それだけでなく、核ミサイル廃棄後に北朝鮮に与える見返りとして日本の経済協力を使おうと考えて拉致を取り上げたのだ。

 ●渦巻く北の謀略
 枠組みはできた。ただ、2年近く米朝の非核化協議に実質的な進展がないので日朝間の拉致問題も動かず、今の苦しい状況になっている。求めてきた枠組みができ、頂上が少し見え始めた。頂上に到達するには越さなくてはならない山が二つある。第一の山は、金委員長が核ミサイル廃棄を決断し、米朝協議が大きく進展することだ。それなしには日朝協議は本格化しない。
 第二の山は、「拉致したのは13人だけ。そのうち8人は死んでいる」という平成14年の金正日総書記(当時)の説明がうそだったと金委員長に認めさせることだ。昨年6月の米朝シンガポール会談の前後から、既に北朝鮮の工作機関は日本の政治家、ジャーナリスト、学者などへ激しい工作を展開している。北朝鮮は「再調査の結果、めぐみさんら死亡した8人以外の被害者が見つかった。めぐみさんらは死んでいるが、それを信じられないなら日朝合同調査委員会で検証しよう」という謀略提案を準備している。最近、8人以外の日本政府認定拉致被害者である田中実さんや松本京子さんの生存情報が北朝鮮筋からリークされているのも、工作の一環である可能性が高い。
 だからこそ、見せ掛けの進展を求めて日本側の姿勢を緩める愚を犯してはならない、と声を大にして叫びたい。(了)